馬車郎の私邸

漫画、アニメ、ゲーム、音楽、将棋、プロレス観戦記など「趣味に係るエッセイ・感想・レビュー記事」をお届けします!ある市場関係者のWeb上の私邸

「とらドラ!」第4巻、竹宮ゆゆこ著、電撃文庫

前巻の流れを受けて亜美の別荘に行くことになった竜児と大河、実乃梨と北村たち。大河は、竜児の実乃梨への片恋をサポートするため、幽霊怖がらせ作戦を実行する。もちろん、そんな合宿のドタバタ劇もいいのだが、この巻の白眉はなんといっても竜児と実乃梨の夜の海を見つめながらの会話である。不器用な竜児と、大河と自身のことも考える実乃梨が慎重に比喩を用いながら、互いの気持ちを少しずつ少しずつ打ち明けていく様子は、小説ならではの静的な緊張感に満ちた名場面だったと思える。アニメ版では目立たない場面かもしれないが、極めて核心的な場面だ。

この場面では、幽霊とUFOが恋のメタファーとして用いられている。すなわち、実乃梨が竜児に「高須くんは、幽霊見える人?」と問えば、「恋をしているのか」といった含意がある。ここで実乃梨は、よくいる当たり前に恋愛している人たちは、幽霊を「霊感が強い」だとか「見えちゃう」という人と同じに見えると言う。本当に幽霊見えてるの?と疑いたくなるのと同じように、本当に恋をしているの?と思うのだ、と。だって私には見えないから。この実乃梨の気持ちに同意できる人は、自分も含め多いのではないか?信じたいけど諦めかけていると言う実乃梨に対して、そう思ってほしくは無い竜児は、「見たことは無いけど、存在は信じている」と返し、自分は「見たい」、「(幽霊なんて)いるわけないのに存在を感じることがあるから、だから怖いんだろ」とまで言う。片恋の必至さ加減と、気づいてほしい気持ちと気づかれたらどうなるのかなというジレンマが表現されたやりとりだった。

続けて、沈黙する実乃梨にかける言葉は、恋というものの有り様を様々に表現していて、なるほど上手い。


「幽霊が見えて、すごくびっくりした奴もいるんじゃねえの。見たけど、やっぱりありえねえって無理やり打ち消した奴もいるんじゃねえ?一度見えたけど次は見えなくて、あれは幻だったのか、って思い悩んでいる奴とか。それに、最初はおまえみたいに絶対見えない、と思っていたけど、意外にも見えてしまって、宗旨替えした奴もいるんじゃねえ?(中略)見たくて見たくて努力の果てに、やっと見つけた奴だっていると思う。だからおまえも、なにも一生絶対見えない、なんて、今決め付けなくてもいいじゃねえかよ。全部嘘だ、なんて、思う必要もないじゃねえか。…俺は、その、なんていうかさ…」


荒っぽい文章だが、なるほどそうだよねと、思わずうなずきたくなるような説得されてしまうセリフだ。多種多様な恋心に言及したセリフとしても、恋に乗り気でない片思いの相手やあるいは恋に破れ気落ちしている相手にかける言葉としても、大変良いと思う。「とらドラ!」は若いうちに読んでおくのがいいと思えるのは、主にこうした場面のためである。夏休みの推薦図書に掲げたい。

そして、この後に続く文章は名文だと思う。比喩表現と、互いの思い、情景の描写がうまくかみ合って、流麗である。グッとくる。直接的な告白シーンよりも何倍も感銘を受ける。今の「りぼん」の少女漫画に欠けているのはこういうシーンだ。余計な言葉を付け加えるのも無粋なので、そのままを読んでいただきたい。

アニメ版にはアニメ版の良さ(動きと声)があるけれども、このシーンではセリフは再構成され、間の取り方が短すぎて淡々として味気ないように(今見ると)感じた。もっと含みを持たせた会話のやり取りがあればよかった。 (もちろん尺の都合もあるし、初見はアニメだったからこれでも違和感は無かったのだが)自分としては、ここは小説に軍配を上げたいと思う。こうした箇所にも最近のアニメは1クール、2クールのものが中心で、昔に比べると短い。商品として原作を消費するのではなく、作品として原作をアニメ化してほしいと切に思う。「とらドラ!」は10冊の小説を25話にうまくまとめあげた良作アニメだが、この作品が仮に1年放送期間があったら…と思わずにはいられない。原作の良い場面が短く終わってしまうのは惜しいし、オリジナルの話もあってこそアニメ化だと思うからである。

なんにせよ、小説とアニメを比較して見るのも一興だ↓


実乃梨が目を見開いて竜児を見たまま、息を詰めたのがわかる。なにを思ったのかまでは理解できないけど、竜児が継ぐ言葉を待ってくれているような気がする。
だから、その言葉を声にすることが出来た。
「…俺はおまえが、幽霊をいつか見れたらいいな、と思う。見たいと望んでほしい。…お前に見たがってもらっている幽霊が、多分、この世はいる……とか、思うから」
声にしたことを、後悔もせずにすんだ。
「……だからほら、今日は妙なことが、たくさん起きているだろ?アピールしてるんだよ、見てくれ、ここにいるぞ、見つけてくれ、って……どこかの幽霊が」
というか、この俺が。……とまでは、もちろん言えずじまいだが。
「あ――」
一瞬の間をおいて、実乃梨は口をつぐんだ。夜空を仰いで、なにかに戸惑っているみたいに、それきり言葉を紡ぐのをやめる。
「……なんで、そんな話を俺にしたんだ?」
俺にとっての幽霊はおまえだ、と心の中でだけ囁いて竜児は実乃梨の横顔から目をそらす。夜空を見つめるその瞳の漆黒に、存在ごと溶かされそうになって恐ろしかった。実乃梨はすぐ隣ですこし長く息をつき、気配だけでやっと小さく微笑み、答える。
「今日はさ、なんでだか妙に幽霊に驚かされるなあ~ってずっと思ってたんだよね。そのわりには姿が見えないじゃん、って。そうしたら、さっき、見たんだよ。UFO――によく似た人工衛星を。あっ、と思って、でもやっぱ違う、って思って…結局見えてねえや、存在は近くに感じたのに……って。それでなんだか、こんなことを高須くんに話してみたくなったんだ」
「……変な奴……」
そんなふうに答えては見たけれど、それなら竜児も見ていたのだ。あの、UFOそっくりに夜空をすべって光る星を。そして、実乃梨を驚かせているものの正体も知っていた。自分の恋心だ。
それは幽霊やUFOみたいに、不思議な世界のものじゃない。実乃梨の傍に存在している。見ようと思えば、それらは見えるはずなのだ。
実乃梨と並んで風に吹かれ、揺れる黒い海をただ眺め、竜児は思う。実乃梨がそれを見てくれたなら、それだけで幸せになれるのに、と。意外とつまらないや、と捨てられたとしても、気づかれないよりはずっといい。

関連記事:

「とらドラ!」読了-名作少女漫画の読後感- 
・各巻感想:第1巻第2巻第3巻第4巻第5巻第6巻第7巻第8巻


にほんブログ村 本ブログ 読書日記へ
にほんブログ村

とらドラ!  Complete Blu-rayBOX 【初回限定版】
キングレコード (2018-10-24)
売り上げランキング: 15,796
とらドラ! 文庫 全10巻 完結セット (電撃文庫)

アスキー・メディアワークス
売り上げランキング: 31,673
とらドラ! サウンドトラック
TVサントラ 逢坂大河(釘宮理恵) 櫛枝実乃梨(堀江由衣) 川嶋亜美(喜多村英梨)
キングレコード (2009-01-07)
売り上げランキング: 101,829
「とらドラ!」 キャラクターソングアルバム
竹宮ゆゆこ/アスキー・メディアワークス/「とらドラ!」製作委員会 (2018-10-24)