馬車郎の私邸

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「とらドラ!」第6巻、竹宮ゆゆこ、電撃文庫

竜児の親友にして、品行方正な北村が突如髪を金髪にし、グレた。かなりインパクトのある出だしだ。しかしながら、それ以上に北村を励ましに行く途中の、竜児と実乃梨の甘酸っぱい青春の一幕こそが、この巻一番の白眉だと思う。
「ふ、と笑みに細められた実乃梨の瞳は、一瞬だけ、竜児の頭上に宙から飛来した何かを見つけたみたいに震えた。」
小説ならではの名文であり、アニメ版には表現できない1節だ。第4巻でのメタファーがここで大きな意味を持つ。いつもおどけている(というよりはむしろ変人?)実乃梨と、不器用で実直な竜児の違った一面が見れて微笑ましい。長いが、作品全体で一番好きなシーンなので引用する。

実乃梨は唐突に目を逸らす。口を一度グイッとつぐみ、身を翻すなり今更スタスタ大股で、「北村くんちはこっちかね」などと呟いて、どんどん歩いていってしまう。その耳朶は少々赤く、どうやら大真面目すぎた自分の言葉に照れているらしい。こういうところが好きなんだ、と不意に竜児の心臓に赤いエネルギーが満ちる。
照れて朱色に染まった顔が可愛い。…ではなくて、この人の、この、恥ずかしげもなく、真剣なところが好きなのだ。この人がこんな風に、まっすぐ生きようとしている姿が垣間見える瞬間に、何度でも竜児は恋に落ちるのだ。
(中略)
竜児はそっと、実乃梨に近づこうと、距離を縮めようと、本物の言葉で語りかけた。どうにか答えてほしい、気付かれたくないくせに、気付いてほしい、反応を待つ数秒の間に唇は乾き、噛み締めて耐える。冷える指先に気付かれたくなくて、ポケットに深く突っ込んで隠す。
(中略)
「……キラキラキラキラ……」
「……なんだそれは……」
実乃梨の輝かんばかりの奇行の前に、後悔もクソも繊細な男心も、すべて儚く散っていく。両手を仏像みたいに広げ、顔つきは穏やかなる思惟に沈み、視線は三千世界の人の営みを愛でて撫でたくるみたいな半眼。実乃梨は路上で悟りを開いていた。全身から煌めき出でる眩いオーラは、口での「キラキラ」で具体的に表現、つま先だった大股開き見事な三角バランスで体重を支えている。
「……あのね、私は高須くんの、今の言葉に昇天しそうな気分でいるのです(中略)嬉しいよ、そう思う。そう想っていることだけを、今はわかってもらえたらそれでいい。そしていつか、すべてがわかってしまう日も、ただこうして待っていることにしようって思ったよ(略)」
そのままキラキラ輝く実乃梨ワールドに飲み込まれかけ、しかしグッと踏みとどまる。結局、つまり、今はまだなにも内心の事情については説明できない、と。だけど、いつかは竜児、と。実乃梨は奇行の裏で、そう伝えたいわけだ。自分にばかり都合のいい解釈だろうか。でも知るか、そうともとれることを言ったキラキラみのりんが悪いのだ。いい覚悟じゃねえか、竜児は思わず笑ってしまっていた。
(中略)
早口で言い切った竜児の目の前、実乃梨の顔が溶けた、―みたいに見えた。ふにゃ、とおお泣きする寸前の赤ん坊のようにだけど、「……っ」声に出さないまま、泣き顔はそのままにっこりと全開の笑顔になる。竜児に向けられた笑顔は、本当にうれしそうに、柔らかに見えた。唇がもっとなにか語ろうと、かすかに震え、だけど、実乃梨はそのまま声に詰まる。何も言えなくなったみたいに、唇に拳を押し当てる。
その喉から溢れ出されるはずだった言葉は、結局竜児には届かなかった。だけど、物足りないとは思わない。今はこれでいいや、竜児はそんなふうに、笑っていられた。
ふ、と笑みに細められた実乃梨の瞳は、一瞬だけ、竜児の頭上に宙から飛来した何かを見つけたみたいに震えた。



このお互いの気持ちがわかっているのに声に出せない感じがなんとも良い。しかし、二人には共通の友人、大河がいる。もともと恋に不器用な二人だけれども、大河のことを考えると竜児も実乃梨も自己の利益のためだけに行動できないのだ。

4巻における会話で、「幽霊やUFOは見えるか(あるいは信じるか)」=恋をしているか(or好きな人はいるか)というメタファーのもとで、互いの気持ちを婉曲に確認していた一幕が、伏線としてよく生かされている。TVアニメではこの部分は表現されていなかった部分だが、小説ならではの名場面だ。

高須竜児、逢坂大河、北村祐作、櫛枝実乃梨、川嶋亜美の5人の、三角関係ならぬペンタゴン関係(?)の変化も印象深い。
大河は想い人の北村に対する態度に微妙な変化が色づき始め、同時に竜児との関係は前に進みつつある。高須竜児と櫛枝実乃梨は間接的にお互いの思いを確認しつつも、大河のことを考えて積極的な行動は起こさない。

大河は北村の気持ちを思うあまりに殴り込みをかける(このシーンはアニメでは物凄いレベルの高い作画で迫力があった)が、この出来事は北村への思いが最後に爆発した場面だったように思える。4人に対しての傍観者たる川嶋亜美は、微妙な立ち位置がより浮き彫りになってくる。大河の生徒手帳に北村とのフォークダンスが挟んであるのを見てしまった実乃梨。大河が竜児を好きだと思い込んでいただけに、衝撃が走る。そこへ、亜美は嫉妬と同情の両方から、「罪悪感はなくなった?」と嫌味な囁きを実乃梨にしてしまうのだ。

ダイナミックな展開の動きと、その裏で展開する登場人物同士の感情の絡まりあいの相互作用が巧みに入り交じったこの第6巻は、静と動を体現していて、シリーズ随一の白眉だと言えるだろう。

 

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