―この世界の誰一人見たことのないものがある。
それは優しくて、とても甘い。
たぶん、見ることができたなら、誰もがそれを欲しがるはずだ。
だからこそ、誰もそれを見たことがない。
そう簡単には手に入らないように、世界はそれを隠したのだ。
だけどいつかは、誰かが見つける。
手に入れるべきたった一人がちゃんとそれを見つけられる。
そういうふうになっている。
紛れもない。作者は確信犯である。どことなく詩的なモノローグから始めて、この小説の指針を、タイトルとともにわずか1ページで読者に示した。タイトルは「とらドラ!」であることから、最後に結ばれるのはおそらく虎と竜たる逢坂大河と高須竜児である。「そう簡単には手に入らないように、世界はそれを隠した」のは何を隠そう筆者その人であることを正々堂々と提示し、二人の恋路を見守ってあげてくださいねと宣言するのだ。潔い。ならば筆者が描く物語を正面から受け止めようではないか。心地よく作品に入り込めるたいへん心憎い書き出しであった。
しかし、この物語の主人公二人、高須竜児と逢坂大河は最初から両想いというわけではない。高須竜児の片思いの相手は、逢坂大河の親友である櫛枝実乃梨(この名!なんと皮肉な名前を作者はつけるのだ)であり、逢坂大河の片思いの相手は、高須竜児の親友である北村裕作であった。互いの親友に片思いしているとあって、二人は共闘戦線を張る。体育の授業や、調理実習、お弁当の時間を利用して相手に近づこうとする作戦を実行する二人の姿はいじらしくもコミカルで可愛らしい。仲良くなったことで、むしろ逆に片思いの相手二人からつきあっていると思われてしまう顛末は、いかにも少女漫画的でありながらも、だがそれがいい!と言わざるを得ない。
竜児と大河の心の距離の変化も細やかに描写されていて、アニメや漫画とは違った小説ならではの利点を生かしている。クライマックスの北村に対する大河の告白のあとに、竜児がかけた言葉は、表題とリンクした名台詞であった。「おれは、竜だ。おまえは、虎だ。虎に並び立つものは、昔から竜だと相場が決まっている。だから、おれは竜になる。おまえの傍らに居続ける。」なんとまぁ、男気にあふれた名文句であることか。
続く終わり部分は微笑ましく、余韻も素晴らしい。
一体どれだけ尖った爪と牙をもっているのだろう。気が荒くて凶暴で、この手乗りサイズの人食い虎はどこまでわがままを通すのだろう。そして、そんな奴の傍らにいる、などと宣言してしまった自分の未来はどうなるのだろう。思わず呻き声を上げ、竜児はその場に立ち尽くす。失敗したのかもしれない。そんなふうに考え込んでかたく両眼をつぶって―だから、見ることはできなかった。少し離れて、俯いて微笑み、竜児を見つめる大河の姿を。腹の多くがくすぐってたまらなくて。やがてククク、と小鳩のように笑い出してしまった彼女のその表情を。
今日はまだ、この世界の誰も。
1冊の小説としてよく完成されているが、幸いなことに本編は10巻分あり、この物語はまだまだ楽しめる。全国津々浦々の少女漫画ファンはもとより、中高生に勧めたい1冊でもある。電撃文庫はルビがふってあるし、10代のうちにこういう物語は読んでおくのがよい。爽快、豪快、痛快な青春恋愛小説であった。
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