高須竜児と櫛枝実乃梨の関係は前進しつつも、共通の友人である逢坂大河のために、展開は一直線に進んできたわけではない。様々な紆余曲折を経て、満を持して竜児と実乃梨をくっつけるための一手を、大河は実行しようという。
その一方で、川嶋亜美は、竜児、大河、実乃梨の関係を見透かすかのように、訳知り顔で挑発めいた言葉を竜児に投げかける。曰く、竜児は大河にとってのお父さん役なのだ。その関係性について、警告をするだけでなく、最後に「出来上がった関係の途中から現れた異分子じゃなくて、スタートのその時からあたしも頭数入れて。」と本音が漏れる。また、亜美の「お父さんって報われないよねぇ」の言葉は伏線として後に機能していて、クリスマスパーティに竜児が来ていく衣装の描写につながっている。すなわち、「浮かれ気分も落ち着いて見下ろせば、己が現在身につけているのは、大嫌いな大河の親父から大河がかっぱらったスーツに、泰子が家出の糧に盗みだしてきた実の祖父の時計。」なんともはや、娘の父親というのは…
この巻全体を通して不調な実乃梨の様子には、竜児やその他の劇中の人物ならずとも、心配になるところだ。実乃梨は自身の心のみならず、大河の竜児への想いについても、声には出さないが非常に気にしていたようだ。クラス一同でクリスマスパーティーをやる展開はなるほど盛り上がる。だが、いよいよ準備が整ったと思いきや、そこで運悪くボールが、ツリーのてっぺんに付いていた星型のガラスの飾りを壊してしまう。ソフトボール部の部長である実乃梨は大変な責任を感じて落ち込む。ここで、壊れてしまった星型のガラスの飾りは、ある種のメタファーになっている。幾度も近づいて、そしてまたぎこちなくなっても、その関係は再び直るのだ。
それでも――いや、だからこそ、竜児は実乃梨の傍らにいようと思ったのだ。遠いから、わからないから、わかってもらえないから、だから、こうして粘るしかないのだ。避けられているのなら追うように、すれ違ったときがあるなら取り戻すように、状況が悪ければ、全力でリカバリするように、こうして無理して、不自然でも居座って、遠い心に手を伸ばす。それこそが竜児にとっては恋そのものだった。たとえ実乃梨が堅い横顔しか見せてくれなかったとしても、青ざめた唇をしていても今にも泣きだしそうに己を責めていても、竜児はこの無力な手を伸ばしていようと思う。いつか届けと、それだけを祈って。手を伸ばすのをやめたときがが、この恋の終わりなのだと思う。破片を手にとった。形の合う別の破片を見つけた。慎重に接着剤を塗りつけぴったりとくっつける。しばらく押さえて、よしと頷く。
(中略)
「……直るかどうか、私には、わからない……っ」
「直る」
壊れても、壊れても、何度でも形を取り戻すもの、――たとえば、それは、ちょっとした誤解や想像でたやすく壊れ、死に、しかし実乃梨の笑顔や言葉で何度も何度もまた直り、生まれる、自分の中の実乃梨への想いだ。壊れたって、直るのだ。壊れるたびに、作ればいいのだ。だから壊れたって泣くことはないのだ。
そうして、実乃梨の心へ再び手を伸ばす竜児のために、大河はクリスマスパーティを通じて、竜児と実乃梨に告白の機会をもうけようと画策する。大河の一連の利他的な行動は、竜児によって見事に報われたのであるが、皮肉なことにそれによって最後の最後でしくじり、崩れてしまうのである。大河は、竜児への依存心だけでなく恋心を、ついに自覚したのだった。
そんなふうに甘やかされて、大切にされてきた。自覚しないまま、自分はその優しさに甘えて縋って生きてきた。自分が恋をしていられたのも、それもすべて、傍らに竜児という確かな力を感じられていたから。(中略)そんなふうに浮かれる自分を、竜児がずっと見ていてくれたから、見ていてくれるとわかったから。この心を、預けておいたから。こうなるまで、失ってしまうまで本当にすこしも気付かなかった。心を預けられるということの有り難さを、自分は全然わからなかった。(中略)竜児がいなければ恋もできなかった。
こうして、親友である大河の思いについての実乃梨の推測は確信へと変わり、実乃梨のとった行動は、大河のある種の二律背反的な期待を、結局は裏切ることになった。すなわち、実乃梨は第4巻、第6巻で恋を幽霊やUFOにたとえていたのだが、「見えなくていい、見えないほうがいい」のだと竜児に言わざるを得なくなってしまった。あまりにも苦々しい幕切れは、衝撃のあまりインフルエンザで寝こんでしまった竜児ならずとも、残念無念である。しかしながら、こうした事態は、そもそもの竜児と大河の関係だけではなく、亜美の忠告めいた言葉によっても十分暗示されてきた。心の何処かでそうなってほしくはないと思っていても、期待はしてしまう。だが、そうした期待は裏切られるのだろうなと予感はしていても、描写の誘導でどことなく期待が高まってしまうのだ。その意味で、竜児の感情と読後感をリンクさせる筆者の技量は、なんとも心憎い。
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