馬車郎の私邸

漫画、アニメ、ゲーム、音楽、将棋、プロレス観戦記など「趣味に係るエッセイ・感想・レビュー記事」をお届けします!ある市場関係者のWeb上の私邸

KENTA選手による余韻破壊の代償とアテンションの価値

将棋の八大タイトルに挑戦するには、定められたリーグ戦やトーナメントに勝ち抜く必要がある。その反面、プロレスの場合は何らかのアクション(試合でチャンピオンから3カウントやギブアップを取る、試合中・試合後に襲撃する、マイクパフォーマンスなど)を起こして、興行会社が認めれば、チャンピオンに挑戦することが可能だ。非日常の空間では、そうした行為も日常茶飯事なのだ。とはいえ、度を超えた状況に対しては驚くほかはないし、観客を驚かせることは重要である。そして、次の展開が気になるものだ。

2日続きの新日本プロレス・東京ドーム大会で、1/5はIWGPヘビー、IWGPインターコンチネンタルの王者同士が戦い、オカダ・カズチカを破った内藤哲也が2つのベルトを手にした。破れたオカダ・カズチカ、勝った内藤哲也両選手が2日続きの激闘を戦い抜いたことに、まずは敬意を評したい。
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内藤選手が2冠を手にし、さぞかしロス・インゴベルナブレス・デ・ハポンを応援するファンにとって(そうでないファンにとっても)、さぞかし至福の時の余韻が続いたことだろう…と思いきや、KENTA選手が試合後に襲撃。疲労困憊の内藤選手にgo 2 sleepを放ちKO。そのうえ、あろうことか2つのベルトを不当に手にした上、大の字の内藤選手の上にあぐらをかいて、この笑顔!なんたる蛮行だ!

驚くべきは、この日KENTA選手は後藤洋央紀選手に敗れて、NEVER王座の防衛に失敗している点だ。本来ならNEVERのベルトを防衛したところで、「このベルトもかけてやりあおうや!」とアピールするのが正統派で熱く盛り上がる方法だろう。だが、それではあまりにも出来すぎていて、シナリオじみている。むしろ、あえて文脈を無視しているからこそ、今回の無法行為は意外性とインパクトがあるのだ。痛快さよりも嫌悪感が先に立つような凶行だが、それゆえに印象に残るのだ。

論客のフミ斎藤氏が「ロラン・バルトの『レッスルする世界』はプロレス論の古典」の記事で、以下のようにバルトの言を引用している。「プロレスは人間の苦悩を悲劇のマスクの誇張をもって提示する」。また、「通常は秘密である精神的状況」とは“うぬぼれ”“正当な権利”“洗練された残酷さ”“仕返しの感覚”などで、だからこそ、はめを外した世界の扉をこじ開ける行為――レスラーがほんのわずかだけルールを踏み外して反則を犯す瞬間――は観客を熱狂させ、興奮させ、「彼らはそれをちょうどいいロマンチックな神話のように楽しむ」のだという。

バルトは「プロレスのよさは度を超えた《見せ物》であること」であり、「プロレスの試合で意味を持つのは各瞬間で、持続ではない。観客はある種の情熱の瞬間的映像を期待し、プロレスは意味の読みとりを要求する」とも言う。そうだとしたら、KENTA選手の度を超えた行動は、余韻を破壊してしまったが、アテンションを集める。まして、娯楽多様化・SNSの時代、アテンションを集めることの価値はかつてなく高まっている。大物ユーチューバーもアテンションを集めるために必死だ。興行は翌1/6大田区立総合体育館大会にもあるのだ(なお、KENTAのタッグパートナーが3カウントを取られたが、試合後内藤選手に暴行を加え、2つのベルトを手にしてみせたようだ)。

IWGPヘビー、IWGPインターコンチネンタル、NEVER、IWGP USヘビー、ブリティッシュ・ヘビーとジュニア除くシングル王座は、実に5つもある。70人を超えるレスラーたちを抱える巨大企業としては、戦線の交通整理をする上で王座とベルトは重要なのだろうが、一方で各戦線に膠着感があるようにも感じる。参戦して数ヶ月経ったが、KENTAが引っ掻き回すことで、戦線が、選手が、活性化につながる。埋没することがKENTAにとっては最大の敗北だ。

どう考えるかは自由だ。私の場合は、内藤選手の悲願達成の余韻を味わいたかったが、その代償として深い関心を持った。たとえば、もしや内藤の同志EVIL、SANADA両選手は裏でKENTAとすでに結託済みなのではと勘ぐる始末である。だが、良くある流れを踏み越えた”とんでもない行い”によって、KENTAについて、あるいは新日本プロレスの今後の展開について考えさせている時点で、KENTAの思うツボなのだ。誰がが勝つ姿を見たい、誰かが負ける姿を見たいというのは、チケットを買う大きな動機の一つであり、そうした感情を掻き立てるために注目を集める仕事をKENTAはしている。後は、NOAHの杉浦貴選手と同様、「頑張ってるねぇ」と呟き、見守りたい。



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