馬車郎の私邸

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桑田真澄、平田竹男「野球を学問する」新潮社

前回書いたとおり、自分と同日に、私の憧れのピッチャーが卒業した。
桑田真澄さんである。
小学生当時、軟式野球チームでピッチャーをしていた私は、桑田ファンで「桑田真澄 ピッチャーズバイブルは何度も読み込んだ。
セットポジションのフォームは真似た。
(胸の前にグラブをかまえるので、投げるとき足がグラブにあたらないし、牽制球も投げやすい。)
地域の大会で準優勝するくらいだったが、いい思い出だ。
また、桑田投手の1500奪三振・2000投球回達成の記念テレカは今でも宝物だ。
名前が思いつかないが、もう一つ写真の通りのものもある。

同じ日に卒業できたのはなんとも不思議なご縁だ。メジャー挑戦後、早稲田大学の大学院に入学した桑田さんは、スポーツ科学研究科・1年制コースを首席で卒業し、そのうえ修士論文は最優秀論文賞を受賞したとか。中学や、PL学園時代学年でトップクラスだっただけあって、さすがである。

しかし、そんな桑田さんも小学生時代は勉強が得意ではなかったという。
4月1日生まれは前の学年に組み込まれてしまうので、小さい頃は脳も体の発達も大きな差がつく。加えて3年生で6年生チームに混じったため、雑用を一人でやらされ、いじめにもあった。挫折から立ち直ったのは、5年生の時に他の野球チームに入ってからだった。

またPL学園ー甲子園ー早稲田ージャイアンツという将来の目標設定をしてから、勉強をがんばるようになった。その甲斐あってビリから始まった中学生活は、試験を受けるたびに順位は上がっていった。できるようになると勉強、努力は楽しくなる好循環に入る。努力の大切さを学んだのは、野球よりむしろ勉強からだという。

それでも、学生時代、野球と勉強を両立していたなんて信じられないと思うかもしれない。
たとえ運動部でも、以下の3点を守り、短時間集中型でやれば成果を生み出せる。
・必ず毎日30分だけ勉強と復習
・絶対に授業中は寝ない
・宿題は、休み時間、昼休みにも

授業中寝ていたり、演習や復習なしで授業受けっぱなしで、成績がよくなる道理はない。この短期集中型というのは、その後野球の練習にも生かされた。

やはり当時の高校野球界では「水は飲んではいけない」は常識であり、長時間の練習も当然だった。炎天下の日には、驚くべきことに、トイレで便器の水さえ飲んでしまったこともあるという。

そこで桑田さんは甲子園優勝後、監督に練習を3時間にしましょうと提案。無論これは楽をする意味合いではなく、合理化と効率化の追求である。つまり3時間は全体練習をやるとして、さらに各自必要なあるいはやりたい練習を加えるということだ。PL黄金時代はここから始まる。清原と桑田の学年は甲子園に5回出場し、優勝2回、準優勝2回、ベスト4が1回だから、文句のつけようが無い。地獄のような長時間練習ではなく、成果を生み出すための練習をしていた、というわけだ。

巨人に入ってからも同様の提案を行っていた。当時ウォーミングアップは1時間半もやっていたので、これを徐々に短くすることを進言。また、会社の付き合い残業のような慣習が、野球界にもあった。つまり、こういうことだ。キャンプ中、投手の練習は、ピッチング、守備練習、走りこみくらいなので、朝9時から始めて午後2時くらいには終わる。しかし、先に帰るとまだ練習をしている野手たちに申し訳ないので、とりあえず走っておけとなる。まさに付き合い残業だ。コーチたちと何年も交渉して、その後徐々にこうした慣習はなくなっていったらしい。

ところで、あまり知られてないが、桑田さんは甲子園投手として20勝したばかりか、2番目にホームランを打った記録をもっている。
恐るべし!
参照:清原和博(13本歴代1位)桑田真澄(6本歴代2位) 甲子園全ホームラン動画
エピソードの類は枚挙にいとまが無いので、類書を読んでいただきたい。

最近、「もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら」という本が流行ってるらしいが、桑田さんがやったことはまさしく、マネジメントではないだろうか?

ドラッカーは、なすべきことをなす能力として次の5つをあげている。
第1に、時間を管理すること。つまり何に時間をとられているかを知り、残されたわずかな時間を体系的に使うこと。
第2に、世の中への貢献に焦点を合わせること。すなわち、成果に精力を傾けること。
第3に、自らの強みに基準を据えること。
第4に、力を集中すること。優先順位を決め、それを守ること。
第5が、成果をもたらすよう意思決定を行うこと。


このような、成果を生み出すマネジメント能力を人生を通して実戦しつづけているのだから、大学院で主席卒業も不思議ではない。ゼミでも活躍し、修士論文「『野球道』の再定義による日本野球界のさらなる発展策に関する研究」は最優秀の賞を取った。

詳しくは本書を手に取っていただくとして、プロ野球選手270人アンケートというのが、これだけでも実に興味深い。

平均練習時間(平日)
・中学:2.9時間
・高校:4.5時間
平均練習時間(休日)
・中学:5.8時間
・高校:7.3時間
当時の練習時間について長かったと思うか。
・中学:25%
・高校:47%
指導者の指示通りに練習をしていたと思う
・はい 70%
自分が指導者になったとき同じ内容の指導をしたいと思う
・いいえ 50%
オーバーワークによるケガを経験したことがある
・中学:42%
・高校:51%


確かに長く多く練習することは重要かもしれない。
しかし、それは果たして効率的か?成果を生み出すのか?
今一度、アマチュアの練習環境や常識について、再考の余地があることが、統計によってより明確になった。


指導者が練習時間内にタバコを吸っていた
・中学:50%
・高校:42%
指導者が選手の前で飲酒していた
・中学:16%
・高校:11%


まさかないだろうと思って作った項目だったそうだが、そのまさかだった。
タバコならともかく、酒は信じがたい。
「ドカベン」の徳川監督じゃあるまいし(笑)
リアル酔いどれノックW

指導者から体罰を受けたことがある
・中学:45%
・高校:46%
先輩から体罰を受けたことがある
・中学:36%
・高校:51%
体罰は必要か、あるいは時には必要か
合計で83%


桑田さん自身も小学生時代、監督、コーチ、先輩に殴られていて、おかしいなと思い始めたのは高校生になってからと言う。こうした統計は、日本の野球界にまだまだ改善すべき点があることを浮き彫りにしている。ここで出てくるのが、野球道の再定義だ。

かつての飛田穂洲の野球道(・練習量の重視・絶対服従・精神の鍛錬)は戦時中、軍部から野球を守ったが、問題はその野球道が時代が経っても変わらなかったことである。ここから問題意識を発展させて、桑田さんは以下のような再定義版野球道=スポーツマンシップを提唱する。

・練習の質の重視「サイエンス」
(効率的、合理的、スポーツ医学、失敗の奨励)
・尊重「リスペクト」
(指導者と選手、審判、対戦相手、自分)
・心の調和「バランス」
(野球・遊び・勉強での精神鍛錬、自律精神、バランス)

詳しい内容や、どのような思考プロセスで以上のような結論に至ったかは、実際に読んでください。これからの日本野球の発展に、桑田さんの考えは何らかの貢献をするに違いない。

バランスということで少し思い出した。ここに、とある野球部員の一例がある。といっても恥ずかしいことに自分の話なのだが…
私は、小学生の時は野球をやっていたが、ほんの数ヶ月の受験勉強で入れた中学では化学部(地元の公立中に移ってからは科学部)で、高校受験後ふたたび野球部に入った。(いったいお前は何なんだ、一貫してないぞと思われるかもしれないが事実一貫していない。大学4年になっても同じだった。就活しながら文学部からMBAに行こうだなんて!)

野球部というのはなにぶん時間を費やすもので、生活を野球に完全にコミットすることが暗黙のうちに前提となっている。それを言い訳にするのは情けないが、英語・国語・数学3科目で赤点になってしまった。(本当に通知表に"赤"で数字が書かれるのだ)部活停止にされてしまい、練習が出来ない。それなら、と辞めてしまった。

自分は別に、強豪校で特別厳しい練習を経験してドロップアウトしたというわけではない。単に頑張りが足りなかっただけだ。しかし、一生懸命に野球に打ち込む全国津々浦々の野球部員は、勉強に手が回る人はほとんどいないのではないか。

とはいえ、桑田さんの叱咤激励は励みになるだろう。
要約するとこんな感じだ。

「ボールに喰らいつけ」とよく言われるが、勉強にも人生にも喰らいつけ!
授業中に寝てあきらめては駄目。
グラウンドであきらめないなら、
学校でも人生でもあきらめてはいけない。


また米長邦雄「人間における勝負の研究」と同じように、勝負師たるもの、実力以外の要素についても言及している。曰く、陰の努力を惜しまず、運とツキを貯金すると言うのだ。トイレ掃除、ゴミ拾い、挨拶と返事、靴を揃える等、直接関係無いことを見えないところでやる。ただし短時間集中で。高校時代は毎日5分間だけノルマとして実践したという。むやみやたらと善行を積めというのではなく、毎日5分だけ。上手く実践できる具体策も組み合わさってるところがポイントだ。

最後に、試練=「試」+「練」の話。
これは実に感じ入る一節だったので、そのまま引用する。
鍛錬して、練習して、試合で自分がどれだけ出来るかを試す。
試練=挑戦です。(中略)
何もしなかったら何も起きない。
勇気を持って挑戦しなければ何も起きない。
しかしそこで「根性だ」「気合だ」では解決しない。
やはり練習して実力をつけておかないと、勝負にならないですね。
だがら、ふだんの練習は大切です、
それと同じくふだんの生活も大切です。
そして試合も大切です。(中略)
スポーツも人生も失敗するものなんです。
大事なのは起き上がること。


ひらがなで「ふだん」と書いているのは、「普段」と「不断」をかけてるだろうか。
日々を一生懸命生き、勇気を持って挑戦し、不屈の闘志で立ち上がるといってしまえば、単純だろう。
しかし、桑田さんが語る内容は、その人生に裏打ちされている。
人一倍、困難や挫折と戦った男ならではの言葉の重みがある。

野球ファンのみならず、ビジネスマンや、生き方を学びたい人にぜひぜひオススメしたい一冊だ。



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