馬車郎の私邸

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感想:ジャンプ新連載 筒井大志「ぼくたちは勉強ができない」・山田詠美「僕は勉強ができない」

NARUTO、BLEACH、トリコ、黒子のバスケ、ニセコイ、こち亀の6大長期連載作品が連載を終了したジャンプにとって、次世代のエース作品養成は急務だ。news_xlarge_jump_1710新連載6連弾の切り込み隊長は筒井大志「僕たちは勉強ができない」。作者の筒井大志先生は「ニセコイ」のスピンオフ「マジカルパティシエ小咲ちゃん」全4巻をジャンプ+で描いていた方で、すでに他誌10冊以上は単行本を出している。経験豊富と言えよう。

しかし、連載時の環境情勢は厳しい。まず第一に、俗にフィギュアスケートなど採点競技は最初のほうに演技するほうが不利と言われるように、新連載6連弾の最初というのはなかなか大変だ。そのうえ、6連弾の最後には「黒子のバスケ」の藤巻忠俊先生の新連載を控えており、5連弾分は当て馬になってしまう可能性すらあるのが恐ろしいところだ。生き残りの争いは熾烈を極めることが予想される。image
また、現状の連載陣では連載1周年の「ゆらぎ荘の幽奈さん」がすでにラブコメ枠を占めている。ジャンプという雑誌でラブコメの立ち位置は誌面に彩りを添える役割を果たしており、たとえて言うならば、お弁当の中のプチトマトのようなものだ。自分はお弁当の中のプチトマトは2つ入っていてもいいんじゃないかと思っているので、今回新連載「僕たちは勉強ができない」を応援すべく、インターネットの広大な文字の海に微力ながら一筆添えたい。(以下ネタバレありで書いていくため、自身を神経質とお感じになる方はブラウザバックしてくださると嬉しい。)
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文章じみたこの作品のタイトルはいかにも当世風のラノベっぽいタイトルのように見えるが、山田詠美の「僕は勉強ができない」のオマージュと推測される。新潮文庫で随分前に読んだものだが、多様な読み方ができる秀作として知られている作品だ。「しかしね。ぼくは思うのだ。どんなに成績が良くて、りっぱなことを言えるような人物でも、その人が変な顔で女にもてなかったらずい分と虚しいような気がする。女にもてないという事実の前には、どんなごたいそうな台詞も色あせるように思うのだ。」なんて身も蓋もないことをのたまうにもかかわらず、ませて大人びた高校生、主人公の時田秀美がかっこいいのだ。
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一方で、「ぼくたちは勉強ができない」は努力型の秀才高校生・唯我成幸を主人公にしたラブコメディだ。あらすじは、実家が貧乏な成幸は、大学進学後の学費を免除される「特別VIP推薦」を取ることを目的としているが、その推薦の条件として、彼が通う高校の2人の天才少女を志望校に合格させるという難題を持ちかけられるというものだ。

「ぼくたちは勉強ができない」は言うものの、主人公は全科目で8割取れるようなバランス型の秀才、2人のヒロインはそれぞれ理系・文系に特化したタイプということで、作品の内容は明らかにタイトル通りではない。これでは昨今ベストセラーになった『学年ビリのギャルが1年で偏差値を40 上げて慶應大学に現役合格した話』のように誇大なタイトルと受け取られかねない。ビリギャルは中高一貫の進学校(愛知淑徳学園と推測されている)に通っていて、合格した慶應大学SFC総合政策学部の受験科目は、英語(あるいは数学)と小論文の2科目のみということで、タイトルとは裏腹にスタートの諸条件はかなり上の方に発射台があるというわけだ。
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揚げ足取りかもしれないが、字義通りに「ぼくたちは勉強ができない」わけではないようなので、タイトルの意味は他にあるのかもしれない。2人のヒロインはあくまで「苦手・不得意なことをできるようにする勉強」ができていないだけだ。自らの得意科目は天才と呼ばれるほどである。ドラッカーは自らの強みを伸ばせと言うし、軽々しく「好きこそものの上手なれ」と言う人もいる。

しかし、日本の教育は減点方式で良くないと安易に非難するよりも、「苦手・不得意なことをできるよう」にすることはあらためて評価されてもいいのではないだろうか。なぜならば、社会に出てからは大方の場合において苦手・不得意だからといって取り組まない訳にはいかないし、あるいは苦手・不得意なことを他の人と協力して実行するか、他の人に上手くやってもらう力が求められるからである。
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加えて、自然とできてしまうことよりも、自分で努力してできるようになったことを褒められたほうがずっとずっと嬉しい。自分は社交性がないからこそあえて営業マンになったし、大学1年からの同級生で友達付き合いから数えて足掛け10年の妻に、本当に君は変わったと言われたときは嬉しかった。この作品の最も大きなキーポイントは、2人のメインヒロインがなぜ自分ができることと真逆のことをやりたいと思っているのか、この点をユニークなきっかけのエピソードで描けるかどうかだろう。

以上は勝手な自分なりの思いだが、タイトルに深い意味はじつはないのかもしれない。しかし、あえて言うならば、この作品はラブコメなので「ぼくたちは(いわゆる学校でやるような机上の勉強以外の)勉強ができない」という言外の意味が隠されており、恋愛を始めとする人付き合い全般のことを示唆していると解釈するのが妥当だろう。だが、それでいい。イケメン美女が巧みな経験と手練手管を生かしてそつなくスムーズにおしゃれに恋愛する話なんて読みたくはない。ラブコメの魅力は、現実と同様に欠陥だらけの人間たちが、すれ違いながら結ばれるまでの面白おかしい過程を味わうことにある。
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学校と言う名のひとつの社会で学べる部分も幾分あろうが、人生において恋愛は重要な体験だ。まさに10年前のこの時間の自分はきっと、初めてできた彼女の誕生日に一緒に徹夜カラオケに酔いしれていただろう。詳しくは語らないが、いま振り返ると自分の人生の転機はまさに初恋だったように思える。

さて、話を戻すと、自分だけが幸せに成るという意味の当て字を与えられてしまっている主人公は、存外にいいやつで面倒見の良さとしっかり者という美点が1話では強調されている。当初はもう高3だからと言っていきなりセンター試験を解かせて、勉めて強いる勉強をさせようとしてそっぽを向かれてしまったが、最終的には自分ができなかったときの悔しさを思い出して懇切丁寧なアドバイスノートを送る。

「……わかんねえもんに苦手意識持ったまま無理やりやったて、余計わかんなくなって辛くなるだけってこと思い出したんだ」と成幸は言う。自分自身個別指導塾の講師を6年間やっていたので、この点非常に共感したのだが、教えるに当たっては「横から目線」が肝要だ。どこからならできるかまでいちど降りた上で共に出来るようになる喜びを味わうのである。「楽しいからできる」の前に「できるから楽しい」を作らないと好循環が始まらない。
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本来の文脈とは違うが、「すべてに、丸をつけよ。とりあえずは、そこから始めるのだ。そこからやがて生まれて行く沢山のばつを、ぼくは、ゆっくりと選び取って行くのだ。」という台詞を「僕は勉強ができない」から援用して考えてみよう。まずは肯定的で前向きなになれる言葉から始めよう。作中で成幸の亡き父は4点を取った主人公にこう言うのだ。「いいじゃねえか!伸びしろがあるってこった!はじめからできちまうよりもずっといい!」そう、できない部分とは裏返せば伸びしろそのものなのだ。トランプ大統領は演説で繰り返しこう述べただろう。「ものすごいポテンシャルだ」。最初の一歩には、ロジックも根拠もいらない。

前作同様、絵は安定していて可愛らしいからひとまず安心。むしろ読み切りとしての完成度が高いため、進展性に疑問が残るのが懸念材料だ。主人公とヒロイン2人の媒介が勉強という点が、ラブコメとしてはカタチを決めすぎに思える。将棋で例えれば、初手、二手目で飛車先を伸ばしているような気分だ。勉強絡みで丁寧な描写をしていることは作品の説得力に影響をあたえるので大切である一方、主人公とヒロイン2人のラブとコメディをバッチリ描いて欲しい。
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理系科目はできるが文系に進学したい、文系科目はできるが理系に進学したいという困ったヒロイン2人の面倒を観ることになってしまった主人公。「僕は勉強ができない」のように「世の中には、この喜びに目を向けない人々が沢山いるのだ。なんと不幸なことだろう。」と述懐するような展開に、このヒロイン2人と成幸が成るのだろうか。それは先を読まねばわからない。

また、江戸の仇を長崎で討つような考えかもしれないが、作中終盤の「ニセコイ」の二の舞が最大のリスクであり向き合うべき裏のテーマもある。ジャンプのラブコメ作品という文脈として位置づけられた作品であるため、「ゆらぎ荘~」同様比較対象は直前にジャンプラブコメ史上最長巻数の「ニセコイ」だ。

筒井先生は、「ニセコイ」のスピンオフを描いた方なので、スピンオフを描いていた時に感じていたことをぜひ自身の作品に生かして欲しい。このことは特に「ニセコイ」読者諸兄も同じ思いのはずだ。タイトルと当初のコンセプトを堅持してストンと落とせるようにまとめるか、あるいは作中のキャラクターが自然と動いた結果そうなるといった感じにするか、どちらかに絞ることが望ましい。週刊連載という大変な戦いの中で作品をきれいな形で完成させるのは難しいことだが、未知数だからこそ私は応援したいと思う。
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