馬車郎の私邸

漫画、アニメ、ゲーム、音楽、将棋、プロレス観戦記など「趣味に係るエッセイ・感想・レビュー記事」をお届けします!ある市場関係者のWeb上の私邸

職業人の仮装ないしコスプレについて―政治家・声優・将棋棋士

装いの歴史は人類の歴史だ。国家の要職にある人でさえ、仮装ないしコスプレが求められることがある。安倍首相が2016年のリオデジャネイロ五輪の閉会式で、赤い帽子をかぶってマリオに扮し登場したのは記憶に新しい。少し前に、ユダヤ教の祭り「プリム」に合わせて毎年開催しているイベントで冨田浩司・駐イスラエル日本大使もルイージの仮装をした。安倍首相の例は世界の誰にもわかりやすいかたちで日本のキャラクターを使いながらの登場で演出上有効であり、冨田大使はあえて弟のルイージを選択したあたりに先例を踏まえる思慮深さを感じさせる。

政治家のみならず、高度な専門的技能を有する職業人も仮装ないしコスプレをお披露目することがある。まず思い浮かぶ職業は声優と将棋の棋士だ。一見すると両者はそうしたことは無縁かもしれない。前者はアニメのキャラに声をあて、洋画の俳優のセリフを吹き替えるという点で、本来的には裏方めいた色彩を帯びている。後者は将棋を指すプロフェッショナル。しかし、近年ではネットメディアの発達により露出が増え、全面に出てきている。声優は番組のプロモーションのため、ラジオの世界を飛び越えて、生放送をニコニコ動画に配信したり、ライブでキャラクターの扮装で歌うこともある。将棋の棋士は、ニコニコ生放送に登場して、タイトル戦の高度な攻防の解説のみならず、人狼ゲームに興じる様子に加え、目隠し将棋や詰将棋をしながらカラオケなど超人的な技能を披露することさえある。

それぞれの技能の延長線上にあることをしている点ではなるほどと思う。ただし、最近はややコスプレの類は当たり前になりつつある。ありふれると価値が薄まってしまうので、本来はたまにそういうこともあるくらいが程よいのだろう。とはいえ、人が頑張っているのを見ると、それ自体も評価されていいのではないかとも思うから、どうにも複雑ではある。

声優については若気の至りでちょびっと目指したことももあり、茅野愛衣(敬称略、以下同じ)の例を引くまでもなく、その凄さについては重々承知している。近年、活躍の場が多岐にわたり広がっている印象だ。

今日我々は、プロフェッショナルとしての才能と努力の発露をアニメや映画以外でも様々な形で目の当たりにしている。たとえば、売出し中の若手では高橋李依が目立っている。「FGO」のマシュに扮しているばかりか、「この素晴らしい世界に祝福を!」の めぐみん の姿もラジオ生配信動画ではおなじみだ。「ご注文はうさぎですか?」OPテーマ「Daydream cafe」 )では、佐倉綾音、水瀬いのり、種田梨沙、佐藤聡美、内田真礼の5人が、作中のカフェの制服をまとい、ぴょんぴょん跳ねている。MVのスタジオのインテリア、小道具、お花はいずれも品があって良い。メイキング動画を見ると真摯に職務に取り組む様がプロとしての挟持を感じさせる。

「がっこうぐらし!」OPテーマ「ふ・れ・ん・ど・し・た・い」では、コスプレではないが、水瀬いのり、小澤亜李、M・A・O、高橋李依の4人が楽しく踊っているのも印象的だ。私の妻も気に入っている「ブレンド・S」については、OPテーマ「ぼなぺてぃーと♡S」を、和氣あず未、鬼頭明里、春野杏の3人がMVのみならずイベントでも作中のカフェの制服で歌い、それぞれオーナーとキッチン担当の役柄の前野智昭、鈴木達央も作中のいでたちで登場している。

アニメの放送前特番 「グランクレスト戦記 ROAD to LORD」 #5 では、熊谷健太郎が君主テオ・コルネーロ、鬼頭明里が魔術師シルーカ・メレテスと、それぞれの役柄でクオリティの高いコスプレを披露している。「ロードス島戦記」の作者が放つ一大戦記ファンタジーのアニメ化にあたって、とっつきやすくするためにプロモーションのニコニコ生放送で毎月放送していた経緯がある。だがシルーカの衣装は、本編でも好色伯の指定したものというだけあってかなりきわどい。若いうちでないとこうしたことはしにくいだろうが、ここまで頑張ってしまうとなると、論議を呼ぶ面もありそうだ。意見はいろいろあろうが、本人が望むのなら自由にやればよいし、本人や事務所がプロモーションとして有効でない、あるいはふさわしくないというのならやらなければよい、というのが私の結論だ。問題は、事務所と役者の力関係でこうしたプロモーションが強要される場面がありはしないかという点で、この部分については業界の人間でなければ実態を語れないが、そうでないことを望む。

将棋の棋士のおしごとは盤上真理の追求とプロとしての対局であるが、もうひとつの仕事は"普及”である。耳目を集めるのに、目立つというのは重要な面もある。将棋棋士の例でいうと、香川愛生女流三段が「りゅうおうのおしごと!」の姉弟子こと、空銀子のコスプレをたびたび披露しており、この間はこのままTV番組まで出てしまったほどである。近著を読むと、対局中にも激しいゲーム音楽が頭に流れることもあるそうで、MOTHER2で糸井重里が書いたという「勇気は、最後の勝利を信じることからうまれる」という言葉を座右の銘のひとつとして色紙に揮毫することもあるほどだ。「りゅうおうのおしごと!」はライトノベルの皮を被りながらも鬼気迫る勝負師の戦いを描いた作品であり読まれるべき小説だと思うが、サブカルチャーに対して理解ある方なのもわかる。

しかし、この姿でテレビに出るのはやややり過ぎ、いや指し過ぎだったようにも思える。たとえば、もし仮に純粋に「りゅうおうのおしごと!」をプロモーションするための番組だったとしたらありかも知れないが、出演したのはトーク番組の「有吉反省会」であり、そういう一面もある、くらいにとどめおいたほうが味が良かったかもしれない。あくまで私見だが。

原作者の白鳥士郎氏は「 原作者からすると『りゅうおうのおしごと!』の名前出してもらって主題歌も流してもらってコスプレまで披露していただいてこれ以上ないくらい作品の宣伝になって本当にありがたいです😭でも香川先生は本当に真面目な方なんです。 ぜひ先生のご著書『職業、女流棋士』を手に取ってみてください…」とTwitterで礼を尽くして述べている。だが、こうした事態にまで発展して、かえって戦々恐々でもあったのではないか。ちなみに、今日は大学での講演会にまでこの扮装で登場とのことで、別にご本人が好きでやっているのならいいのだが、なんとも恐れ多い限りである。

男性棋士はというと、普段の対局においてもスーツや和服姿を合法的に見られるということで女性の方々にとっても実は眼福(?)なのである。先日も実家に帰ったおり、母親が”観る将”になっており、高見泰地叡王を「たかみー」と読んでいて驚いた。棋士は勝負師として対局をする主体であるとともに、勝負師としての姿以外の部分でも注目される客体でもあるのだ。

最近の例では、激しい戦いで知られる王将リーグの武将コスプレ&インタビューが出色の出来であった。なんと、広瀬章人八段が伊達政宗糸谷哲郎八段が真田幸村久保利明王将が豊臣秀吉中村太地王座が直江兼続渡辺明棋王が本多忠勝郷田真隆九段が徳川家康佐藤天彦名人が上杉謙信豊島将之二冠が織田信長に扮している。戦国武将たちも将棋を好んだと言われ、元々の"名人”の制度は江戸幕府時代にさかのぼり、現存する最古の棋譜は1607年のものだ。人間将棋の機会に武将の扮装をするのは恒例であり、棋士の甲冑姿はコスプレの中では馴染みやすい。何より、三浦弘行九段の冤罪事件がひとまずは終息し藤井聡太七段の快進撃に沸く将棋界は、約30年ぶりに八大タイトルをそれぞれが持ち合う期間が2~3ヶ月現出するまさに”戦国時代”と化しており、このインタビュー企画は時宜に適うものだ。肝心の内容も濃厚であり、クオリティが高い。これは好企画と言って差し支えなかろう。

ここまで様々な事例を見てきたが、私が言いたいのは、リスペクトが肝心だということだ。技芸を持つものが、プロモーションのメリットと自己演出や挟持のバランスを取ろうとしながらも、一般的な人々に対して見世物のように扱われることはあるだろうし、それに甘んじることも時にはあるのだろう。だが、そこでそうした行いをさせる側が、する側に敬意を持って接し、道化にはしない配慮が必要だ。そこがないと、かえって見る側に嫌悪感を与えてしまうこともあるだろう。見る側としてはこんなことをしているのかと軽侮したり、あるいはエスカレートした要求をするのではなく、これほどまでの人物がわざわざここまでしてくれるのだとありがたく受け取ることだ。その高度な技芸のみならず、人を楽しませようとする人格と行いにも敬意を払い感謝するのが美徳である。
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