馬車郎の私邸

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羽生善治九段の強さと魅力に迫る1冊!-「羽生善治×AI」長岡裕也、宝島社-

羽生善治九段(この肩書には皆、まだ慣れない)の知られざる生態が、近年奥様のTwitterによって、明らかにされつつある。たとえば、夜中に爽健美茶を取りに行く際に、うさぎの頭を撫で、語りかける様子が確認されている。



コカ・コーラ社は、ただちに羽生九段にCM出演を依頼し、上記の内容を再現して羽生邸でロケを敢行した後、「勝負師の心と体を潤す、爽健美茶」とか適当なキャッチコピーをつけたCMを放映するべきだ。

広瀬章人八段に竜王位を奪われ、27年ぶり無冠になってなお、羽生九段の強さは健在である。先程放映されていたNHK杯でも、最新型の角換わり将棋のなか面妖な手順で先手・豊島2冠の陣形を乱し、勝利を上げていた。タイトル戦や普段の対局、多数のイベントや対談、連盟における仕事など、研究の時間は一般の棋士とは比べようのないほど制約されているなかで、異次元の水準の強さを維持してきたのか。その一端に本書は迫っている。

著者は、長岡裕也五段。「ひと目の中飛車」「ひと目の石田流」などの定跡書はとても勉強になった。本書もそうした定跡書と同様に、過不足なく読みやすい記述で、将棋界の現況に触れつつ、そしてAI・ソフト、羽生善治というこの世の謎に挑んでいる。

長岡五段はタイマン勝負・感想戦形式の「VS」を羽生九段と、概ね月一回のペースで10年間実施している。1000時間にも及ぶ濃厚な時間を第一人者と過ごしているということだ。二人の縁は八王子将棋クラブにあるが、直接的な研究会発祥の経緯は羽生九段からの誘いだった。

2008年に竜王防衛戦で渡辺に3連勝後4連敗で敗れた翌日、当時は何の実績もない無名の若手棋士に対して「将棋を指しませんか」の電話をかけたのだという。負けても弱音を吐かず、今出来る事をする。それだけでも羽生九段の強さの一端が現れている。また、専門誌における著者の連載講座の内容に一目置いていたというのも一因のようだ。

著者との研究会以外では、木村一基九段、松尾歩八段、村山慈明八段との研究会があるほか、トップクラスの"チェス"プレイヤー・小島慎也氏とも研究会を行っている。仕事が将棋で趣味はチェスだが、その点においても余念がない。

記憶力・脳の演算処理速度が群を抜いているなか、研究の量・時間においてストイックな努力を続けているであろうことは想像に難くない。だが、著者によると研究の方法論自体は特別なものではないらしい。ソフトも使っているようだが限定的のようだ。

ソフトは特定の局面で何か最善手を示したとしても、詳しい説明をしてくれることはないし、感想戦もしてくれるわけではないので、ソフトと指し続けたとしても。目に見えて強くなる事は考え難い。人間との研究会は、そうした欠点がなく、今後も存在意義がなくなることはないようだ。

将棋の上達に近道はなく、根気強い膨大な情報整理の力が必要である。ソフトに時間を割くことも良いが、自分の頭で考え抜く方が力がつく。自身の関心に応じて物事をどれだけ深く考え、理解したかというプロセスを身に着けるという事である。強い相手と指し、対局後検討するということを繰り返す。特別な何かがあるわけでない。好きな将棋に没頭することそれ自体が、第一人者の強さの秘密なのだ。

ソフトは恐怖心がない、時系列で考えない、思い込みがないというのが、羽生九段が指摘する特徴だ。羽生九段自身もこうした点について、通じるものを随所に持っている。著者は、局面が悪いなかで最善手を指し続けるのが「羽生マジック」の真髄と見ている。

膨大な記憶量に裏打ちされた直感力に加えて、盤上没我の思考力とそれを支える強靭な精神力こそが背景にある。羽生善治九段といえば、揮毫は「玲瓏」を好んで用いる。名人の境地とはそういうものなのかもしれない。

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