しかもその相手たるや恐ろしい限り。1回戦は佐藤天彦名人、準決勝は永世七冠を名乗る資格を得たばかりの羽生善治竜王・棋聖である。決勝の相手は、渡辺明棋王、久保利明王将の現役タイトルホルダーを破った強豪・広瀬章人八段。自身も王位のタイトルを戴冠したことがある(23歳、早稲田大学6年生の時)実力者である。
春には竜王戦5組トーナメントの準決勝に勝って、竜王戦2期連続昇級の事由で七段への昇段もありうるし、よしんば竜王のタイトルを奪取することになれば八段、2期獲得で九段ということすら可能だ。実際にそれを成し遂げたのは我らが藤井猛九段である(藤井猛九段は六段の時に竜王位を獲得し3連覇したため、七段、八段を名乗ったことがないのだ)。
藤井聡太新六段の偉業については書き尽くせないので、あえてここで注目すべきはやはり受け答えであろう。こんなやり取りがあったそうだ。
記者「今日のお昼はコンビニ弁当だったそうですが?」
藤井「ローソン様の方からお弁当をご提供頂き、非常に食べやすい味で美味しかったです。」
記者「選んだ理由を」
藤井「唐揚げ弁当と蒟蒻麺のサラダでしたが、唐揚げだけだと野菜が少ないかな?と思いサラダを追加しました。」
スポンサーを立てる謙虚で卒のない受け答えもさることながら、唐揚げをしこたま食べたいお年頃だろうに(皆忘れているだろうが彼は中学3年生だ)野菜をしっかり摂り節制に努めて健康管理に余念がないとは恐れ入る。
以前に「要するに藤井聡太四段29連勝のどういった点がすごいのか?」の記事に書いたように、不適切な発言や不品行で新聞や週刊誌、Twitter炎上の餌食になる大人が多い中、その名の通り聡明な受け答えをする理知的な態度も注目されるべきだと考える。
話は金融市場に移るが、この2月、ジェローム・パウエル理事がジャネット・イエレン氏の後を引き継いで新たにFRB議長に就任した。ところが就任早々、週に2度もNYダウが1000ドルを超える下落に見舞われる波乱の船出となった。
ポール・ボルカー、アラン・グリーンスパン、ベン・バーナンキなども就任直後にそれぞれ難局に直面したものだが、パウエル議長のそれはなおさら困難だ。金融危機から9年目を迎える景気拡大局面で異例の減税施策が行われるほか、各国中銀の金融緩和に慣れきって慢心した相場に向き合わなくてはならないからである。
場立ちから上り詰め、1950年代から1970年代にかけてFRB議長を務めたウイリアム・マーチンJr.が言うように「中央銀行の仕事とは、パーティーが盛況になる前に、お酒が入ったパンチボウルを片づけること」だ。この仕事はどう考えたって重責である。
パウエルFRB議長のキャリアを辿ってみると、まさしく実務家だ。ニューヨークで弁護士として数年働き、投資銀行ディロン・リードに転じる。その後、ブッシュ(父)共和党政権下で次官補(国内金融担当)を務め、財務次官に昇格。バンク・オブ・ニュー・イングランドの経営破綻やソロモン・ブラザーズの国債不正入札で危機対応に当たった。
1997年にはウォール街に戻り、プライベート・エクイティ・ファンドの カーライル・グループ で活躍し、財を成した。一方で、無給で超党派政策センター(BPC)に勤務していた時期もある。そして2012年にFRB理事に就任。ベン・バーナンキ、ジャネット・イエレンと2人の議長を補佐し、現在に至る。
パウエル議長のエピソードでは、11/3付のウォール・ストリート・ジャーナルで紹介された一節が印象的だ。ビジネススクール学生からの将来のキャリアについて助言を求めた際の受け答えである。それは、「目立たず、勤勉に働くことだ。いかに多くの有能な人が品行の悪さで自滅するか、君はきっと驚くよ」というものだ。驚くほど実直かつまっとうなもので、アメリカ人の成功者らしからぬ言葉である。
藤井聡太新六段は若さと才能煌めく将棋棋士、パウエル米FRB新議長は円熟した金融当局者と全く異なる。しかし、2人の清廉さには目をみはるものがある。そうした美徳にあらためて目を向けてみるのも一つの見方と言えよう。
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