「冴えない彼女の育てかた」の3つの魅力

今日は終戦の日ではあるが、平和を祈念し言祝ぐ代わりに平和への感謝を込めつつ、現代の日本の文化について述べてみたい。すなわち、ライトノベルの人気シリーズ「冴えない彼女の育てかた」についてである。

「冴えない彼女の育てかた」はゲームのシナリオライターで知られる丸戸史明氏がライトノベルに挑戦した意欲作。ちょうど無事アニメ2期を放送終了し、原作小説は最終13巻が10月に発売されるそうだ。多彩な魅力が詰まった本作ではあるが、ここでは3点に絞って簡潔に述べてみたい。すなわち、袖にしたい欲望・そばにいてくれる女の子のありがたみ・クリエイター魂の3点である。

まず、1点目の袖にしたい欲望とは、言い換えると、求められることの喜びでもある。作中で、主人公安芸倫也は、霞ヶ丘詩羽と澤村・スペンサー・英梨々に想いを寄せられている。霞ヶ丘詩羽先輩は高校生ながら妖艶な魅力を醸し出すライトノベル作家であり、対して英梨々は長年の断絶があった幼馴染にして同人界で活躍するイラストレーターと、いずれもうら若き才媛にして魅力的なヒロインである。

しかしながら、ラブコメのお約束としても、作品の構成としても、倫也は詩羽、英梨々の気持ちやそのアプローチに応えることはない。倫也とこの2人のねじくれて難解な関係性を繊細かつ濃密に描きつつ、作品当初からこれでもかというほどに2人の魅力を存分に描き出す様は、ある種残酷ですらある。

好かれること、愛されることが嫌いな人はいない。同様に、好きになった相手、愛する人に受け入れられたいのも当然だ。誰しも自分の気持ちを受け入れらてもらいたい一方で、魅力的な相手ならばその好意を受け入れたいはずだ。だが、自分に好意を向ける人物からの気持ちを袖にすることも、一方で甘美な快感なのではないか。

自分が受け入れない限り、相手の気持ちは満たされることなく、さらに恋い焦がれようというものだ。「冴えない彼女の育てかた」は、多くの古典と同様に複数の読み方が可能な小説だが、魅力的なヒロインたちの恋心を袖にする欲望を追体験するという読み方は邪道だろうか。

2点目のそばにいてくれる女の子のありがたみとは、すなわちメインヒロイン加藤恵のその名の通り、まさに恵みたる所以である。内助の功という古臭い言葉で表現するのはあまりに言葉が足らない。最初は上記の2人に隠れて目立たない加藤恵が、巻数を増すに連れてその魅力が立ち上がってくる様子はひとえに作者の筆力のたまものであると言えよう。

たとえば失恋に際して、そばにいてくれた女の子というのは、それが友情であれ、恋愛であれ、実体験上も傷心を癒やしてくれた実感がある。また、結婚に際して、重要な決め手というのは死ぬまで一緒にそばにいてくれるかどうかだと考えたから、女友達で最も安定的な関係を築いていた人物を妻に選んだ。

作中で描かれる登場人物の複雑な思いと人間関係を考えると、シンプルに考えて実際の人間関係においても重要なのは、いつもそばにいてくれるかどうかという点ではないかとあらためて思うのだ。なんだかんだ言いつつもそばにいてくれる、それが加藤恵の魅力の一端であろう。

3点目はクリエイター魂だ。一消費者からクリエイターへと目覚めていく安芸倫也のバイタリティと行動力には、敬意を表する。読者の99.9%は作品・商品を生み出すことはないし、自分だってそうだ。だから、ラブコメをしつつも多大な尽力と葛藤の果てにゲームという創作物を生み出していく過程に憧れるのだ。

当初、一ファンと憧れの作家であった倫也と詩羽の関係は恋愛関係としては上手く発展しなかったものの、クリエイター同士、お互いを高め合う同志の関係として昇華された。英梨々に対しては、倫也はプロデューサーとして、あるいは男としてどのように向き合うか苦悩する一方、英梨々はクリエイターとしての生き方をもって自立する。詩羽と英梨々は作品の中盤で重要な決断をするが、根底に描かれるのはまさしくクリエイターの挟持である。

原作小説は、業界的なあるあるネタとおそらくは30代以上にしか伝わらないパロディ、あえてルビを濫用するなどの独特のレトリックが特徴的な作品だが、その裏には作者自身のクリエイターの挟持がしっかりと根づいており、表現されている。

多角的な読み方ができる点は、良作の証左の一つ。上記3ヒロインの心情は、GirlsSideというときメモを意識したタイトルの番外編3巻で描かれており、本編で描かれるも複雑怪奇で面倒くさい男心と女心の絡み合いを補完している。ゲームシナリオライティングで鍛えられた作者の構成力の高さが、裏付けられようというものだ。

コミック版は比較的恵まれたスピンオフ展開がなされており、原作をふまえた本編では丸っこい絵柄がなんともかわいらしい。詩羽編・英梨々編のIfルートもあるところは、ゲーム的だが、複合的に何度も楽しめる作品シリーズに仕上がっていると言えよう。

アニメ版は、神は細部に宿るとばかりに詩羽の先輩のストッキングに並々ならぬ執念を燃やす亀井幹太監督や、全話で脚本・オーディオコメンタリーを担当した原作者の丸戸史明氏の情熱と数多のスタッフの労力が盛り込まれており、総合芸術として仕上がっている。さらに、松岡禎丞、安野希世乃、茅野愛衣、大西沙織といった実力派声優の好演が彩りを与えている。

シリーズ総体として様々な楽しみ方を与えてくれる本作品は、まさしく恵み豊かである。