馬車郎の私邸

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小花美穂 既刊25冊レビュー

 昔大学時代のサークルの会誌に書いた小花美穂先生の作品のレビュー・ブックガイドです。2007年頃までの25冊の作品についてです。
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 今回は、90年代の「りぼん」を代表する連載陣の一翼を担った、小花美穂先生を紹介してみようと思う。90年代こそは、「りぼん」黄金時代ともういうべき時代であった。80年代から続く看板級は、水沢めぐみ、柊あおい、吉住渉、矢沢あいと豪華な顔ぶれに、谷川史子、さくらももこ、池野恋も健在。椎名あゆみ、小花美穂、彩花みんは90年代を通して活躍し、さらに半ばからは中堅に倉橋えりか、高須賀由枝、藤井みほなや、そして種村有菜、亜月亮が加わる。この層の厚さは、少女漫画誌の発行部数としては史上最多であった時代にふさわしい陣容といえよう。

 このような時代の連載陣の一角を占めるほどの人物なのだから、それだけでも小花先生が並々ならぬ実力の漫画家だと想像がつくであろう。その卓越した画力には説得力がある。背景も細かく書き込み、トーンは多用するが決して見づらくはない写実的な画風。カラーページも実に色のつけ方が上手く、自分は初めて買った「りぼん」では、小花先生の巻中カラーに思わず見ほれてしまったことがあるのを覚えている。歴代の「りぼん」作家でもトップレベルの画力だ。

 ストーリーの面では他の「りぼん」作家とはかなり毛色が異なる。「りぼん」はオーソドックスな学園恋愛ものが多いのだが、小花作品では学校のシーンが描かれるのはかなり少ない。確かに他の先生方と比べて相対的に少ないともいえるが、そもそも絶対量自体が少ないように思われる。また、主人公の年齢は「こどものおもちゃ」を除けばだいたい高校生であり、高めの年齢に設定されている。男を主人公にすることも少なくない。さらには、主人公を取り巻く登場人物には必ず、大人がしっかり出てくる。少女マンガでは子供だけの小さい世界で話が展開されがちである。きれいなだけのご都合主義の話は描かず、汚い部分もみせて描くというところに、特徴がある。描かれる大人たちは実に多様であるが、一連の小花作品にはたいてい、味のあるおっちゃんがよく出てくることが多い。オヤジを描かせたら、小花先生の右に出る少女マンガ家はそうはいないだろう。

 実は小花先生は、あのさくらももこ先生のアシスタントをしていたそうだ。小花先生が「ちびまる子ちゃん」の絵柄の一体どこを手伝っていたのか、はなはだ不思議である。(もちろんけなしているわけではない。あの独特な平面的な絵柄は、個性があってとても好きだ。)面白いことにさくら先生と小花先生は師弟そろって、講談社漫画賞を受賞している。また、現在「りぼん」で活躍中の酒井まゆ先生は、小花先生のアシスタントをしていた。
さて、これから小花先生の各作品のレビューにうつるが、批評は第一義的な目的ではない。一連の作品を読んだことのある人には懐古と郷愁を、未読の方たちには興味と関心を抱いていただけると幸いである。
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☆「白波の幻想」(1992年、りぼんマスコットコミックス))
「窓のむこう」「7年目のシーン」「ぼくとお嬢様」「白波の幻想」の4つの読みきり作品を収録。1990年、91年にそれぞれ掲載された。デビュー作の「窓の向こう」はとてもオーソドックスな話。絵柄も話もまるで柊あおい先生の作品を読んでいるかのようだ。「ぼくとお嬢様」「7年目のシーン」もなかなかいい。が、後に見られる強烈な個性はまだ発揮されてはいない。表題作「白波の幻想」はせつなげでどこか幻想的な作風。ハッピーエンドにいたるのだけれど、もの悲しく進む話は、どこか柊先生に通じる部分がある。

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☆「せつないね」(1993年、りぼんマスコットコミックス。)
「眠り姫にズレたKISS」(読みきり)、「せつないね」(3回連載) を収録。小花先生初の連載作品。タイトルどおり、せつない話である。主人公の片想いしている相手は、すでに恋人がいる身。駆け落ちしてまで愛を育む2人に、主人公はどうすることもできない。それゆえ主人公はある残酷な選択を取ってしまう。一貫して、主人公の失恋と罪悪感、葛藤を中心に描いているが、だからといってまじめ一辺倒ではなく、適度にギャグを取り入れていてバランスがよい。明確な軸に沿って話が展開されているので、3回連載の割には、内容が濃い。ちなみに、この作品の舞台は、パチンコ店。なかなかりぼん読者にはなじみがないところだ。誌面を学園ものだけにしないためには、小花先生のような存在が必要だ。雑誌の読者層を絞り込む戦略は常道だが、ある程度の多様性は確保されるべきだろう。

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☆「この手をはなさない」(1994年、りぼんマスコットコミックス。全2巻。小説版はコバルト文庫、全1巻)
読みきりの2作品「そんなロマンス」「無期限のしあわせ」 と、8回連載の「この手をはなさない」を収録。    読み切りは2作とも秀作で、「無期限のしあわせ」の登場人物である、タクシー運転手ゴンさんの話はあまりにも悲しい……「この手をはなさない」は8回連載とは思えないほどの濃密さで、読み応えがある。話の内容はこうだ。高校生の恒(こう)の初恋は、小学6年生の時に転校してきた由香子だったが、恒は偶然メロンパンを盗む由香子と再会するも、由香子はあまりにも変わり果てていて…というあらすじである。今回もまた、学校は出てこないし、悪徳金融業者やさらにはオカマバーまでが出てくる「りぼん」では異色な話ではあるけど、ヒロインの由香子がそのすさんだ心を徐々に開いていく過程がとても魅力的だ。精密な構成もさることながら、写実的な絵と、人物描写は一連の作品の中でも秀逸。完成度も高く、これぞ名作といえよう。2冊合わせると、ジグソーパズルが完成する表紙もいい感じ。

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☆「こどものおもちゃ」(1994年-1998年、りぼん連載。りぼんマスコットコミックス刊、全10巻。完全版、文庫版ともに全7巻)
第22回講談社漫画賞受賞作。アニメ化されたので、小花先生の作品の中でもっとも有名ではないだろうか。アニメは、「姫ちゃんのリボン」「赤ずきんチャチャ」「ナースエンジェルりりかS0S」に続いて、金曜18時の枠で2年間放映していた。アニメ版は、原作よりもテンポがよく、明るくなっている。主人公は大いに歌い、踊り、時には不条理になるほど暴走していて、勢いがあり面白かった。後半はオリジナル展開が多く、原作ファンも楽しめる内容だったと思う。

学級崩壊や、家庭問題やいじめ、少年犯罪を「こども」の視点から語るというのが、この作品の特徴である。しかしテーマは重そうに見えて、ギャグの連発とテンポの良さで、笑いながら読めるマンガだ。けれども、時折シリアスな場面も挟み込まれ、その対比が上手い。子供を主人公に置きながら、大人も充分楽しめるだろう。登場人物それぞれが、なんらかの心の傷や悲しい出来事を抱えており、重い空気の話でありながらも、ギャグでそれをうまく緩和しているのが、小花先生の上手さだと思う。この時期から、目の大きさが大きくなり始めた。この作品がコミカルな作風だというのもあるだろうが、水沢めぐみ、吉住渉など他の連載陣も一様に目を大きく描くようになったのは不思議なことである。

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☆「猫の島」(1996年、りぼんマスコットコミックス。)
「窓ぎわうしろから4番目」「猫の島」「あるようでない男」の3つの読み切りを収録。小花先生の読み切りは外れがなく、どれも面白いがなかでも「猫の島」が良い。表紙とは裏腹に、ずいぶんと怖い話だ。命とは何か考えさせられる作品。
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☆「水の館」(1999年、りぼんマスコットコミックス。)
「水の館」 「POCHI」 の2作品を収録。「水の館」は、「こどものおもちゃ」の作中で演じられた映画の漫画化。普通、作品の中に出てきた映画を、わざわざ全て描いてくれることはまずないので、こういったことはなかなか嬉しい。内容は、背筋が寒くなるようなホラーで、不気味な感覚が、主人公と同様に読者をも包み込む。「こどものおもちゃ」に出てきたキャラが演じていると思うと、さらに面白さ倍増である。

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☆「パートナー」(2000年、りぼんマスコットコミックス。全3巻)
さくらももこ先生を髣髴とさせるエッセイ「瀬戸のグラン・マ」と、12回連載の「パートナー」を収録。「パートナー」は自分がちょうどりぼんを購読していたときに連載されていたのでとても思い出深い。この作品は、普通の少女漫画のように恋愛重視の話ではなく、人間の生と死を扱った、非常にハードな内容になっている。シリアスで重い話でも、ところどころギャグがちりばめられていて面白く、りぼんを購読していた当時、もっとも楽しみにしていた作品だった。少しグロテスクなシーンもあるけれど、是非読んでもらいたい名作の一つ。

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☆「アンダンテ」(2001年-2002年、りぼんマスコットコミックス。全3巻)
前作の狂気の研究所と人造人間の次は、今度は近親相姦(!) といっても、前作のような暗めの話ではなく、今作はほのぼのしたいい雰囲気を持った漫画だ。最後の終わり方はハッピーではないが、 音楽という絆が登場人物を結ぶ締めくくりは、とてもさわやかで、気に入っている。

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☆「POCHI」(2003年、りぼんマスコットコミックス。)
「水の館」に収録されている読みきりの「POCHI」の採録+番外編。単純な作品の中にも、奥が深く、ストーリーの厚みがある。 理想的とは言い難い家庭環境の中でも前向きに成長していく主人公たちの心理描写や台詞はどこか心に響く何かを持っているような気がする。

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☆「あるようでない男」(1996年、りぼん読切、2003年、コーラスに連載。2003年、クイーンズコミックス)
「猫の島」に収録されている「あるようでない男」の続編。夕方のビル街にたたずむ、ハトを頭に乗せたスーツの若者…という大胆な構図の表紙がすばらしい。特にハトの彩色は神がかっている。小花先生はカラーページもとても上手いので、イラスト集もほしいところだ。ほのぼのとしたシーンと、ギャグとテンポの良い台詞まわしのがうまくマッチしていていい雰囲気。小花先生ならではの良さがとてもよく出ている作品だ。

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☆「Honey bitter」(2004年-、クッキー連載。2004年-、りぼんマスコットコミックスクッキー。既刊4巻、連載中)
主人公は心の読める能力を持っているが、その能力を上手く現実に融合させた話作りがなされている。作品中では、主人公が読んだ相手の心が短文となって、コマの背景に書かれるので、主人公の立場で読むことができて面白い。ただ、心を読めるということは、他人の汚い醜い部分まで否応なく見えてしまうことでもある。このように、人間の美しいところ、汚いところの両方を描く、小花先生の清濁あわせ呑む作風は一貫したスタイルである。それは今まで多数の良作を生み出してきたし、これからもすばらしい作品を生み出してくれると、信じている。
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