馬車郎の私邸

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さやかと杏子の関係に見る「利己主義と利他主義の相克」というテーマ-「魔法少女まどか☆マギカ」第4-9話感想

第4話から第9話については、実質的な主人公は美樹さやか佐倉杏子の2人であり、魔法少女の秘密が明らかになっていく過程が描かれている。mp4_000624148
mp4_000435747
mp4_000499710mp4_000643343巴マミの死後魔法少女になった美樹さやかと、巴マミのテリトリーを我が物にすべく来襲した佐倉杏子。この二人の対比は、利他主義と利己主義の対比にもなっているようだ。美樹さやかが魔法少女になった経緯の発端は、幼馴染で将来有望なヴァイオリニスト、上条恭介が交通事故に遭い後遺症で手が動かせなくなってしまったことだ。その彼を救うために奇跡を欲し第4話でキュゥべえと契約、魔法少女となった。

こうした状況の中で、杏子が登場するのである。巴マミの影響を受けているさやかは「大切な人を守る」という信念を持つ。そのため「魔法は自分のために使うもの」という信念を持つ杏子と対立する。グリーフシードを得るためなら犠牲が出ることを承知で使い魔を見逃す杏子は、人を守るために魔女や使い魔と戦う美樹さやかとは相容れない。こうして二人の対立は殺し合いにまで発展する。ほむらの介入がなければ、さやかの命は危うかっただろう。

しかし、この2人の関係はある時を転機に変わり始める。それは、魔法少女が何であるかがついに判明したことである。6話で魔法少女契約の営業マン、キュゥべえが言うには、以下のとおりである。
「ただの人間と同じ、壊れやすい身体のままで、魔女と戦ってくれなんて、とてもお願い出来ないよ」
「君たち魔法少女にとって、元の身体なんていうのは、外付けのハードウェアでしかないんだ」
「君たちの本体としての魂には、魔力をより効率よく運用できる、コンパクトで、安全な姿が与えられているんだ」
「魔法少女との契約を取り結ぶ、僕の役目はね。君たちの魂を抜き取って、ソウルジェムに変える事なのさ」
「むしろ便利だろう?」
「心臓が破れても、ありったけの血を抜かれても、その身体は魔力で修理すれば、すぐまた動くようになる」
「ソウルジェムさえ砕かれない限り、君たちは無敵だよ」
「弱点だらけの人体よりも、余程戦いでは有利じゃないか」
「君たちはいつもそうだね。事実をありのままに伝えると、決まって同じ反応をする」
「訳が分からないよ。どうして人間はそんなに、魂の在処にこだわるんだい?」mp4_000646886mp4_000084771
事前の説明がないというのは恐ろしいもので、魔法少女というのは、たった1つの願いと引換にそれ以外の全てを諦めなくてはならないのである。ただの腹黒ならまだ良かったが、キュゥべえは感情がない分、余計にたちが悪い。

さやかに歩み寄りを見せる杏子は、自身の境遇を7話で語る。杏子の利己主義の根底には、自分が過去に利他的な行動によって不幸を招いた事への後悔があった。ニコニコ大百科から引用すると、その経緯はこんな具合だ。
杏子の父親はある教会の神父だった。所属する宗教団体の教義の枠を外れた教えを説いたため破門され、杏子の一家は日々の食事にも困るようになる。父が正しい教えを説いていながらも耳を傾ける者がいないことに納得がいかなかった杏子は、キュゥべえに「みんなが父の話を真面目に聞いてくれますように」と願って魔法少女になる。これによって父が正しい事を世に広める、という杏子の望んだ状況は一時的には訪れた。しかしある時、人々が話を聴きに来ているのは魔法による作為的なものだと父親に露見してしまう。杏子の父はそれに絶望し、杏子を残したまま一家心中を遂げる。こうして他人のための願いが破滅を招いた結果を、「自業自得」と受け止めた杏子は敢えて利己的な行動を取るようになった。

この話の後、一応の和解が成立する。「高すぎる対価を支払った以上、好き放題すればいい。」という杏子に、「人のために祈ったことを後悔していない。その気持を嘘にしないためにも後悔だけはしない」と言うさやか。魔法少女になるための願いを他人のために使ったことは利他主義のように思える。しかし、「他人のため」の願いは、自身の欲求とも結びつくものである。したがって、100%の利他主義というわけでもない。

それゆえにさやかは悩むのである。恭介の腕が治った暁には、恭介をものにするという目算(=希望)があったことは否めないからだ。しかし、恭介はさやかではなく、さやかの親友仁美とつきあうことになった。仁美は事前にさやかの気持ちを慮ったのか、あえて恭介に告白することをさやかに伝えた。だが、仁美は友人である以上、さやかは止めるわけにはいかないのである。利己心と利他心の相克という苦悩に苛まれ、絶望するさやか。mp4_000609510mp4_000309738mp4_000584213mp4_000752271mp4_000286368mp4_000487969mp4_000536490mp4_000341756mp4_000495215mp4_000550979mp4_000585551mp4_000589676

こうして心を病み始めたさやかは、自暴自棄な戦いを繰り返すようになる。治癒能力を頼りに、敵の攻撃を受けながら突貫し、血みどろになることも厭わない様子に、付き添いのまどかも、救援に駆けつけた杏子も、テレビの前の視聴者も声を失う。「その気になれば痛みなんて完全に消しちゃえるんだぁ♪」と、笑いながらのたまうにいたっては、まさしく狂気である。影絵のような暗転した画面の中で、血が赤く染まっている描写、演出も不気味だ。

続く8話ではとうとう親友のまどかに対する態度さえ、豹変してしまうさやか。「私のために何かしたいって言うなら、まず私と同じ立場になってみなさいよ。無理だよ。当然だよね。ただの同情だけで人間やめられるわけ無いものね!」と冷たく言い放つ。魔法少女には何かを犠牲にしないとなれないのに、人のためにその力を用いて戦っても人は決して理解してくれない。マミさんの孤独と同じように、孤独に追い詰められるさやか。

まどかに言ってしまった言葉を後悔して自己嫌悪に陥るさやかに、さらに追い討ちがかかる。想い人の恭介と友達の仁美の楽しそうな様子を見て、もはや他人を呪わずにはいられない。再三窮地を救ってくれたほむらにもとうとう愛想をつかされる。「ただ何となくわかっちゃうんだよね。あんたが嘘つきだっていうこと。いつも空っぽの言葉を喋ってる」という言葉で、ほむらはさやかに心を見透かされてしまう。ここで、「すべてはまどかのため」と居直り、さやかを殺しにかかるほむらもどうなのかと、当初は思った。だが、10話を見てからだとやはり諦めていたのだなと納得。

こうして、破滅への階段を歩んでいくさやかを描いた8話の最後、とうとうさやかのソウルジェムは濁りきりグリーフシードとなった。誰かの幸せを願った分、誰かを呪って生きていくんだねと言ったさやかの言葉は、皮肉にも魔法少女が魔女と化す課程そのものだった。ほむらは、まどかと杏子に、魔女は魔法少女の成れの果てであること明かした。そのうえキュゥべぇに至っては、「人間の感情の中でも特に第二次性徴期の少女が幸福から絶望に転じた際の感情エネルギーを採取する事」が目的だと悪びれずにまどかに告げる。

さらにキュゥべぇ曰く、「まどか。いつか君は、最高の魔法少女になり、そして最悪の魔女になるだろう。その時僕らは、かつて無い程大量のエネルギーを手に入れるはずだ。この宇宙のために死んでくれる気になったら、いつでも声をかけて。待ってるからね」

「論理的には正しいが倫理的にはこんなの絶対おかしいよ!」と言いたくなる。目的のために手段を正当化する中で、この生物たちに感情がないことが正当化に寄与している。魔法少女契約の恐ろしさ、ここに極まれり。

結局、魔女オクタヴィアと化したさやかと、杏子はやむなく戦うことになる。ここで皮肉なのは杏子が、オクダヴィアの腕を切り落とすシーンがあることだ。さやかが、恭介の腕を治すことを願い魔法少女になったことを考えると、悪辣なまでの皮肉である。

杏子の最期も名シーンだった。
「心配すんなよさやか。独りぼっちは、寂しいもんな……。いいよ、一緒にいてやるよ……。さやか……。」と言いながら、オクタヴィアとともに爆死して果てるのである。

自身の利己的な部分を満たせなかった中で、それでも無理して利他主義を徹底して、ついにさやかは破滅にいたってしまった。その一方で、利他的な行動がかえって不幸を招き、以来後悔して徹底的に利己的に生きてきた杏子は、さやかのために死を決意した。

「他人の幸せ」のために戦いながらも「自分の幸せ」に生きたかったさやか、
「自分の幸せ」のために戦いながらも「他人の幸せ」に生きたかった杏子。
このように好対照をなす二人は、「利己主義」と「利他主義」の相克を象徴している。

さて、我々はこの話から何を見出すべきか。私の考える1つの解は、「バランス感覚」だ。さやかと杏子のように、自己欺瞞のもとで利己主義と利他主義のどちらかに過剰なコミットをすることは、破滅に至る道だ。人間には利己的な面と利他的な面の両方があるのだから、この2つのバランスを取って調和させることこそ、大切なのではないだろうか。

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