馬車郎の私邸

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パウエルFRB議長のコミュニケーターとしてのガッツ、センス、ビジョン

FRB議長職は、実に難儀な役職だ。留まり続けるだけで、ガッツがある。相手にするのは、長年に亘る緩和的な金融政策に甘やかされてきた移り気な投資家たち、ヘッドラインで即座に動き出す慌ただしいアルゴリズムやAIだけではない。低金利を愛する不動産王が、大統領としてパワーハラスメントにも似た暴言をツイッターで投下してくるのだから、なんとも厄介だ。

トランプ大統領の論議を呼ぶ、他国の政治家を困らせる、市場を揺さぶる、パウエル議長を攻撃するツイートは、2018年だけでも相当なものだったが、9/18のFOMC前にも絶好調だった。

ジャクソンホール講演後の8/26には「われわれの敵は誰なのか。パウエル議長なのか、それとも中国の習近平主席なのか」と同列になぞらえた。

9/10には「3ばか大将(原文はstooge)」という絶妙な意訳のパワーワードが高級経済紙の見出しに踊った。共和党予備選候補者を揶揄したもので、「彼は勇気を出して、米大統領選に出馬する。これまで失態を犯してきた3ばか大将の候補たちが、一丁やってみるようだ!」との挑発ぶりである。

9/11には、政策金利をマイナス圏まで引き下げるよう要求した。同時に、「『愚か者ども』のためにわれわれは千載一遇の機会を失っている」とまで述べた。

また、エジプトのシシ大統領との首脳会談を待つ間に「私のお気に入りの独裁者はどこだ?」と冗談交じりに発言していたことが9/14に伝わり、物議を醸した。

9/12のECB理事会でドラギ総裁がラガルド氏に引き継ぐ前の最後の大盤振る舞いをして迎えた9/18のFOMCで、FRBは今年2回めとなる25bp=0.25%の"予防的利下げを実施した。事前に織り込ませた通りの無難な内容だ。トランプ大統領はツイッターで「根性なし。判断力なし。展望なし!」とした上で「恐ろしいほど意思疎通が下手だ。ジェイ・パウエル(議長)とFRBはまたもやしくじった」と述べた。

しかし、「No “guts,” no sense, no vision! A terrible communicator!」とトランプ大統領が言うように、パウエル議長には、ガッツもセンスもビジョンもない、ひどいコミュニケーターなのだろうか?そんなことはない。こんな厄介な仕事をしているだけでガッツはある。

コミュニケーターとしては対市場と対大統領の双方で無難に乗り切ったようだ。トランプ大統領はいつもならゴルファーになぞらえて非難するところ、19日に放映されたFOXニュースとの録画インタビューで、「(パウエル議長の職務は)安泰だ。そう、安泰だ。当然のことだ」と話した。

センスとビジョンは、FRB議長にふさわしく、透明性と曖昧さの程よいバランスを持って発揮されつつある。WSJ紙によるとパウエルFRB議長、「何も言わない」術を習得したのだという。それは本来の中央銀行総裁に備わっていたものだ。1990年代以降、各国の中央銀行は透明性を重視するようになり、金融危機後はフォワードガイダンスとして、将来の金融政策の見通しを前もってコミットすることで、市場に安心感をもたらしてきた。

だが、それはある意味で投資家の甘やかしにもつながっている。金融当局者の魔法のオーラは揺らいでおり、カーテンが開き、単なるエコノミストが金融政策の手段をコントロールしていることが露呈する可能性にさらされている。FRBが金融緩和中毒にしてしまった市場を解毒する方法として、市場の勝手な思い込みを揺さぶるというのは興味深い。すなわち、「最善の方法は予想しにくい存在になることであり、例えば、ある日曜にFRBが臨時会合を開き、7bpといった変則的な利上げに踏み切ることもできる。しかも、それについての声明、ましてや会見は必要ない。翌日物の借入金利が上がったと市場が知るのは、実際に上昇した時でいい」というアイデアだ。こんな提言は流石には極端だが、一理ある。

FRBは限られた政策ツールで市中の金利を操作し、時には景気を煽ったり、また場合によっては冷やしたりしないといけない。ストリッパーと同じでチラ見せで期待をコントロールしなくてはならないのだ。公開市場操作ならぬ"口開"市場操作が必要なことが時にはある。

2012年7月26日のドラギECB総裁は一言はその好例だ。ギリシアなどユーロ圏の債務危機に市場が怯えるなか、ECBはユーロ圏を崩壊させるつもりはないと断言した。中でも注目を集めた重要な一言が「責務の範囲内で、ECBはユーロ圏を守るためにできることは何でもやる用意がある。私の言葉を信じてほしい。それで十分だろう」だった。トランプVSドラギのやり取りでも似た言い回しがあった。

パウエル議長は単なるエコノミストではなく、様々な実務経験が豊富であり、ロースクール(法科大学院)出身らしく、方針をしっかり明確に説明しようとして、かえって市場の激しい反応を起こしてしまったこともあった。金利は「中立水準に程遠い」、バランスシート縮小は「オートパイロット(自動操縦)」で続ける、7月の利下げは「サイクル半ばでの調整」。こうした表現は間違いでも誤解を招くものでもないが市場に嫌気されるきっかけとなった。

前任のイエレン議長にも、明快で迂闊な失言はあった。例えばQE(量的金融緩和)が終了した後も「相当な期間」、現状の政策金利(ゼロ金利政策)が維持されるとの声明文について、「相当な期間」とはどのくらいかと問われ、「恐らく6カ月前後」とポロッと答えてしまったときなどだ。

しかし、今回のFOMC後の記者会見では、巧妙にはぐらかすコミュニケートがなされたようだ。米連邦準備制度理事会(FRB)の利下げはいつ終わるのか。18日の記者会見で質問されたジェローム・パウエル議長はこう答えた。「十分にやったとわれわれが考えたときだ」。次の政策金利の方向性に関しFRBに「バイアス」はあるか、との質問には「われわれはフェデラルファンド(FF)金利を25ベーシスポイント(bp)引き下げるという、1つの決定を下した」と返した 小泉進次郎・環境相ほどでは中身がないが、言質を取らせない巧みないなし方と言えよう。

さらに、「may resume organic balance sheet growth」との言い回しが、いざとなればQE再開(QE4?)のカードもあるとの連想を誘った可能性もあろう。以前述べた「危機後に講じた手段を『非伝統的』政策と呼ぶのをやめるべき時かもしれない」が伏線だった。レポ金利急上昇の一幕も、さらなる流動性供給の必要性に関して思惑を呼ぶ事象だったかもしれない。

日米欧の中銀は結局金融政策を正常化できないのだろう。それは、諦観のもと書いたとおりだ。パウエル議長は、これも以前書いたとおり実直な人物であり、難儀な職務を果たすのだろう。

だが、FRBに出来ることは伝統的・非伝統的な金融政策それ自体と、(失敗することもあるが)投資家の気分のコントロールまでだ。<a href="https://jp.wsj.com/articles/SB12747339613882054137404585559374083769914?mod=article_inline" target="_blank" title="">貿易の不確実性は利下げによって改善されるはずはなく、その不確実性はFRBの責任でもないというのはその通りだ。投資家は、神出鬼没のつぶやきであらゆる領域を撹乱し続ける米国大統領にばかり注目するより、ストレスに耐えて職務に励むFRB議長に、もう少し同情してあげてもよいだろう。

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