馬車郎の私邸

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トルコリラ急落で求められるのは、インフレに見合った利上げ

トルコ行進曲は西欧人がトルコと呼んだオスマン帝国の軍楽隊の音楽(メフテル)に刺激を受けて作曲した行進曲だが、トルコリラは今まさに金融市場と共に破滅へのトルコ行進曲を奏でているようにさえ聞こえる。

アジアとヨーロッパにまたがるトルコの地はまさに文明の十字路だ。ざっと眺めても、人類史上初めて鉄を使用したヒッタイトが勃興し、後には世界最古の鋳造貨幣を発行したリディア王国、さらに、古代ギリシア文明の諸都市が次々と建設され、ローマ帝国の下で約1500年以上、オスマン・トルコ帝国の下で約500年以上、重要な、あるいは主要な地域として栄えた。

FRBが利上げを進め金融政策の正常化を進めるなか、好景気のなかで減税を実施するという異例の政策と相まって、新興国から米国へマネーが還流している。慢性的な経常赤字国であるトルコは、民間企業が多額のドル建て債務を有しており、さらに悪いことに二桁台のインフレ率が続いている(言い換えると、モノの価値が上がる=カネの価値が下がる状態)。また、中央銀行の金融政策への介入を公然と示唆するなどエルドアン大統領の強権的な政治運営も投資家に嫌気され、通貨リラは下落の一途をたどっている。

直近では、エルドアン大統領に対するクーデター未遂事件後に行われた一斉取り締まりにより、2016年10月以来トルコ当局に拘束されている、ブランソン牧師を巡り、米国対トルコの対立が先鋭化している。

10日、日本時間の取引時間中に「欧州の金融監督当局はリラの急落を背景に、トルコへの最大の貸し手であるスペインのBBVA、イタリアのウニクレディト、フランスのBNPパリバの資産状況を懸念している」との英紙フィナンシャル・タイムズ(FT)の報道が、対ドルでトルコリラの下げを強めたばかりか、1国の問題から金融システムに対する波及リスクも意識され、ユーロも対ドルで節を割り込む大幅な下落となった。

東証の売買代金のうち、約7割前後が外国人投資家だが、さらにその7割が欧州の投資家である。歴史的経緯から、中東のオイルマネーは欧州系証券を通じて運用されていると言われる。意外に、欧州やそれに関わる政治情勢は日本株のセンチメントに影響を与えやすいのだ。10日の日経平均株価は、欧州時間に差し掛かり、後場は特に一段と下げ足を早め、前日比300円安となった。

リラは12日夜に再び過去最安値を更新した。国債利回りが20%台へと急上昇(価格は下落)し、リラは現在、年初来で40%余り下落している状況となった。とどめを刺したのは、もちろん、我らがトランプ大統領だ。夏休みを迎えて、その呟きは今年も冴え渡っている。
「いまトルコの鉄鋼とアルミニウムの関税を倍増することを認めたが、それでトルコ通貨であるトルコリラが、我らが最強のドルに対して急落しているな 。アルミに20%、鉄鋼には50%だ! トルコとわが国の関係は現時点では良くない!」

トランプ大統領の言うことをいちいち真に受けてはいけないと前に書いたが、どのような意図に基づいていて、どのような効果をマーケット心理にもたらすかは面倒でもいちいち考えなくてはならない。このTwitterを弄ぶエンターテイナー大統領と、もしかすると後6年付き合う可能性もあるのだから。

今回は単純に、ダイレクトに相場に効いた。週明け13日朝6時すぎの外国為替市場で、トルコリラは対円で一時1リラ=15円台、対ドルで1ドル=7リラ台とそれぞれ過去最安値を更新した。日経平均株価は、前週末10日から続急落となり、前週末比440円安となった。

WSJはトルコほどの難題に直面していない国々の株式・債券・通貨には買いの好機が訪れる可能性との見方も紹介しているものの、現状ではトルコリラについては君子危うきに近寄らず、が無難だろう。アジア通貨危機、ロシア危機、リーマンショックのような、信用・流動性リスクにまで行き着くとまで考えるのは大げさだろうが、少なくともすぐ解決できる状態にはないのも確かだ。

トルコ中央銀行は13日、金融市場の安定を維持するため必要に応じてあらゆる措置を講じると宣言した。しかし、問題はドル建ての民間債務であり、企業ないし銀行の資金繰りが喫緊の課題と言えよう。

根本的には、インフレ率が10%超えが常態化しているのが一番の問題だ。以前、政策金利を8%から17.8%に引き上げたのも遅きに失した感もある。今更一段の利上げをしたところで、インフレが収まるかどうかは不確実性があるうえに、エルドアン大統領は高金利を敵視しており、中央銀行への介入を度々示唆していることから、トルコ中銀がどれくらいの裁量で実行できるかは不透明だ。また、貿易赤字を減らすというのも、トルコの景気の好調さや構造的にエネルギーの輸入国であることを考えるとあまり現実的ではない。

政治的には現在の強硬姿勢から手のひらを返して、対米で緩和方向へとかじを切るようなかたちで、金融市場にひとまずの安心感をもたらすのが、目先的には重要なはずだ。エルドアン大統領はメンツも有るだろうが、現実的な手段としては、手始めに件の牧師の身柄を開放して、キリスト教保守派の支持率上昇のお土産をトランプ大統領に対して用意することから始めるのが良いだろう。金融政策が処方箋になる領域はもう過ぎてしまったのかもしれないが、政治面での落ち着きがセンチメントに与える理由も馬鹿にできないし、目先的にできることはそれくらいだろう、と考える。大事にならないことを祈って成り行きを注視しよう。

14日の日経平均株価が5営業日ぶりに大幅反発し、前日比498円高となったのは、お盆休みの薄商いのなか、外国人投資家の先物の買い戻し(ショートカバー)と、逆張り個人の日経レバレッジインデックスETF買いの寄与が大きく、トルコに関するファンダメンタルズの改善を示したものではなかろう。トルコ中央銀行は金融市場の安定を維持するため流動性の供給などの施策を講じ始めているが、目先的な安心感に一定の役割を果たしているかもしれないが、本質的な解決に結びつくわけではないということも考慮に入れるべきだろう。トルコの苦境は単に、4-6月期決算が一巡した後に材料不足のなかでイベント材料視されただけならよいが、波及的な影響は係止すべきではない。さしあたり新興国市場に対する投資への警告として受け止めるとして、米欧の金融引き締めが金融市場に生み出しているひずみを投資家は注視すべきだろう。

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