馬車郎の私邸

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二転三転する言動はトランプ流の交渉術

トランプ大統領の一見すると奔放で二転三転する言動は、幅広い分野に常に波紋を呼び起こす。株式・債券・為替市場がまず、トランプ大統領のツイッター、記者会見、伝聞報道に対して最も早く反応する。以前にも書いたように、この人物の言動に言及せねば、日々の場況、週報、相場の見通しを書くことは不可能なのである。
ウォール・ストリート・ジャーナルの3つの記事で読み解く米国・北朝鮮情勢緊迫化
トランプ大統領のツイートの裏にあるもの

ここ2、3ヶ月では、貿易交渉において対中国、EU、対NAFTA(カナダ、メキシコ)、日本の大きく4極で、トランプ大統領やライトハイザー通商代表、ウィルバー・ロス商務長官の発言がニュースフローとして日々飛び交っている。

さらに、今のところは6/12予定とされている米朝首脳会談に向けて、毎日が手のひら返しだ。トランプ大統領本人の不規則発言、マイク・ポンペオ国務長官(前CIA長官)、ジョン・ボルトン大統領補佐官、マイク・ペンス副大統領や関係筋の談話に加え、金正恩、文在寅、習近平の思惑が複雑に絡み合い、混沌としている。

ここは原点に立ち返って、トランプ大統領の自伝である「トランプ自伝―不動産王にビジネスを学ぶ (ちくま文庫)」を読み返して、今の情勢を見つめてみよう。なお、この本の原題は「Trump: The Art of the Deal」、すなわち「交渉の技術」である。artは芸術に加え、技術という意味もある。artの語源は、ラテン語のアルス(ars)、技術という言葉だ。ちなみにオウィディウスは「アルス・アマトリア (愛の技術)」というタイトルの恋愛指南書を書いている。

トランプ大統領は不動産王として財を成した。「私は金のために取引するわけではない。金なら十分持っている。一生かかっても使いきれないほどだ。」だという。ならば、大統領として成したいことは自身の名を歴史に残すことだ。そう、動機はつまり、ビッグなことをしたい、ということだ。

また、自他の動機について「動機にはたいてい裏があり、純粋な愛他精神によることはほとんどない」と認識している。人権派弁護士のオバマ大統領とは違い、理想を追い求めているわけではない。目指すはアメリカ・ファーストだ(実際にアメリカの国益になるかどうかは別として)。

トランプ大統領は、政治的成果はビジネスと同様に取引によって得られると考えている。「双方が互いに相手から何かを得られる場合に、取引は最も成立しやすい」と述べていることからもそれは明らかだろう。「交渉は不意打ちや誤った方向への誘導、宣伝、アドリブなどを駆使し、日和見的に進めるべき」だという。交渉のテーブルから突然立ち去ったり、また復帰したりするのは、まさしく、取引の常套手段だと言える。今のところは、対北朝鮮においてまずまずの成果を上げているとは言えよう。

「重要度はさておき、何らかの取引を成立させたければ、トップに直接会うことだ。(中略)企業トップの下で働いている者は全員、ただの従業員にすぎない」とも言っている。これを各国首脳に対して、不動産取引のようにガツンと過剰な要求を突きつけて、現実的で穏当な落とし所に持ち込んで取引を成立させる手法は、もちろん成果を上げる前に日々世界を騒がせる。不規則発言で、自身の意図を隠しつつ不透明さを生み出すことで、相手に解決への圧力をかけるのだから。

その過程においては、硬軟織り交ぜる手のひら返しが常にメディアのニュースをすったもんださせる。「マスコミについて私が学んだのは、彼らはいつも記事に飢えており、センセーショナルな話ほど受けるということだ。」と述べる一方、「場合によっては控えめにする方が、かえって効果が大きいことがある」とも言う。つまり、自身の意図をそのまま、大げさに、控えめに言うこともあれば、心にもないことを交渉術の一環として言うこともあるということだ。こうして、ドラマとサスペンスに全世界の視聴者と交渉相手である各国首脳を巻き込んで、自身の政治目的を達成しようというわけである。

まとめてしまうと、不動産会社のワンマンオーナーがビジネス感覚で政治を行っているのだ。リアリティーショー「アプレンティス」の時と同じく、世界中の目を史上最大のリアリティー番組にくぎ付けにしている。政府高官をこの番組での決め台詞「お前はクビだ! (You're Fired!) 」のように取り替えていく有様もまた象徴的だ。

こうして米政権が日々もたらすニュースフローを通じて、世界の貿易への懸念が、基本的には好調な世界経済を脅かす。製造業の、あるいはインターネット、サービスのグローバルなサプライチェーンを阻害し、企業の投資マインドに影を落としている。また、広まりゆく地政学的リスクは、朝鮮半島、シリア、イスラエル、イラン、イエメン、ウクライナ、ベネズエラなど広範囲に渡る。

さらに、リーマン・ショック後の米欧日の異例の超金融緩和策が正常化に向かうなか、米長期金利の上昇傾向が世界の金融資産にじわりと影響を与えている。新興国からマネーが米国に回帰し、トルコやアルゼンチンに不穏な気配がある。欧州においても、かつてのギリシャ危機ほどでないにしても、イタリアの政局混乱、財政悪化、不良債権問題に警戒感が強まっている。

トランプ大統領の言うことをいちいち真に受けてはいけない。だが、その意図を常々考慮することは重要だ。ユニークすぎる大統領の発言をエンターテインメントとして楽しむ余裕がほしいところだが、その一方で彼が世界に撒き散らす不確実性の行末に思いを巡らすべきである。

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