馬車郎の私邸

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【映画感想】 「ヒトラー ~最期の12日間」

原作「私はヒトラーの秘書だった(トラウデル・ユンゲ著)」を下敷きにして、ヒトラーと側近たち、ベルリン陥落の12日間を描く。ナチスを肯定するでも否定するでもなく、現場のリアリティに迫ることに徹した映画だ。エクスキューズも最低限にとどめている。やけっぱちの酒盛りなど、著者であるユンゲさんがどの程度記憶が正確なのかはともかくとして、ヒトラーの身近で働いたことのある人の証言というのは実に貴重だ。

日本では(私も好きなのだが)いわゆる嘘字幕をつけて時事ネタやアニメ鑑賞の動画にする総統閣下シリーズで有名だ。実は、件の嘘字幕用によく使われているシーンは本来の文脈では極めて緊迫感があるシーンなのだ。シュタイナー師団の援軍は期待できず孤立無援となり将軍たちにヒトラーが怒りを爆発させるシーンなのだから……

ブルーノ・ガンツをはじめとする役者勢の鬼気迫る演技はヒトラー政権の落日の日々を一層際立たせている。子沢山のゲッベルス家族の集団自決は無理心中にも似て、先の戦争を共に戦い抜き「平家物語」に親しむ日本人にとっては、本作の物悲しさは諸行無常にも通ずる。

155分間みっちりとこの映画が描く総統地下壕の様子はいかにも生々しく、まるで自分が同じ場所にいるかのようだ。ナチスの幹部のお歴々の人物造形も実に血が通っている。臨場感、それが魅力だ。日頃見慣れたエンターテイメントの映画のようなカタルシスはどこにもない。黒く淀んだ気分が残るけれども、それは考える材料になる。

本作が描くナチスの幹部やベルリン市民や兵士が生きそして死にゆく様を見て、ヒトラーは怪物ではなく一人の人間であり、ナチズムのムーブメントも第二次世界大戦も同じ人間がやったことであるということをあらためて思い知った。映画というフィクションを歴史を学ぶ教材にすべきではないけれども、この映画についてはあまり偏った見方で作られていないので広く多くの方に見てもらいたい作品だ。