馬車郎の私邸

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増税論議と老人主権

 「政治に関与するものにとって、目の前のことに対応することこそがいつも最優先の課題である。財政収入を債務の重荷から解放する課題は、後世に任せる。」アダム・スミスの言うとおりに、日本の歴代政権は、国債の問題を先送りにしてきた。スミスは、国が借り入れを行う要因に戦争をあげているが、現代の日本は60年も戦争をせずに、未曾有の規模の政府債務を積み上げてきた。これには、スミスも驚くだろう。日本の歳出で増大の一途をたどっているのは、歴史上の多くの国の財政破綻の原因になった軍事費、防衛費ではない。社会保障費の増大である。そして、社会保障費の増大を充当するために、増税よりも、国債の発行で賄ってきた。その結果、実に862兆円もの政府債務が積み上がった。

 破産を宣言するか、ハイパーインフレを起こさずに政府債務を全額返済するには二つの手段しかない。すなわち、財政収入を大幅に増やすか、財政支出を大幅に減らすかである。どちらか片方を実行するか、両方同時に行うかは選択の余地があるにせよ、7月の選挙や現在の国会の争点になっている議論は、消費税増税による財政収入の増大である。歳出削減については相対的にあまり熱心に議論されていない。27兆円にも上る社会保障費を削減することは本来必要なことではあっても、国民や政治家は口をつぐんでいる。

 社会保障費の増大は、高齢者世代の増大に比例する。少子高齢化の潮流によって、若い世代は少なく、高齢世代のほうが人数が多い。たとえば、20代前半の人口は50代前半のほぼ3分の2でしかない。要するに、社会保障の充実で便益を受ける高齢世代は若者世代に対して人口比で優位に立つ。すなわち有権者の数で優位に立つ。このような、数の論理による、いわば”老人主権”の国では、社会保障費を削減することは顧みられるはずもない。多くの有権者の利益と、選挙に勝ちたい政治家の利益に反するからだ。(ブロゴスで池田信夫さんも同様の趣旨のことを書いている)
 
 ここで、スミスが当時のイギリスに関して提言した内容を思い出す必要がある。もっと歳出の多い平時の植民地の行政組織に支出している金額を、削減するべきであるとスミスは述べた。現代の日本で最も歳出が多いのは社会保障費である。ならば、現代の日本も社会保障費を削減するべきではないか。社会保障費を賄うために、無理に政府債務を積み上げていくべきではない。家計と同じで、これ以上払えないお金は借金してでも払うのではなく、支出を切り詰めるほうが健全である。したがって、「経費に見合った収入を確保できないならば、少なくとも経費を収入に合わせるべきである。」というスミスの言葉は、現代の日本にまさに必要な提言である。
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