「ノア航海日誌」内で連載された本書の内容は、主に日常のことが書かれている。体裁は昔懐かしい交換日記である。そこに出てくるNOAHのレスラーたちにかける言葉が面白い。盟友にして強敵(とも)小橋には「練習以外」ではまってることは?と問いかけ、やはり四天王の一角・田上には、互いに年をとったけどお互いやれるまでやろうと優しく語りかける。
若手選手たちにも様々にコメントするが、これが意外に面白い。ニュースーパーマリオブラザーズの発売日にソフトを手に入れてニコニコ顔の丸藤に、「それにしてもいくつになってもフジマルは…」。ヨーロッパ遠征に旅立つ潮崎には、「もう変身ベルトを巻いて喜んでる年じゃないからお前は(゜◇゜)δまぁ気持ちはわかるけど…おれも仮面ライダー1号のベルトは持ってるし…」と突っ込みを入れつつも共感。絵文字を使いこなしている。「吹雪の中での野糞、やるねー、お前!!」と青木に感心(?)。と、こんな具合に、リング上で激しい戦いを繰り広げる選手たちの意外な素顔が垣間見える。それにしても鈴木鼓太郎は筋金入りのガンダムマニアだf^^;
ところで、「クリスマスといえば齋藤選手」と語っていた箇所では、この齋藤選手こそが後に”おくりびと”となってしまうことを知っていると、心に悲哀がこみ上げてくる。首に限らずまさに満身創痍の晩年であるだけに、時折自身の体についてつぶやきが顔を出す。しかし、驚くほどにてらいなく、簡単に言うのだ。たとえば、「頭から落ちた時に自分でもあっ!って思って首を中に入れたんだけど、中に入りすぎたってところかな。試合が終わってからシャワーを浴びるのが大変で頭を洗うのに苦労した。」といった感じに。「首を中に入れる」というのは、そもそも一体どういうことなのか想像もつかない。なんにせよ、さらっと言ってのけることではないはずだ。どうやら常人の考えが及ぶ領域ではないようだ。想像を絶するとはこのことか。
「頸椎捻挫は”いつものこと”」であり、首の痛みは「頭を片手で押さえないと歯を磨けない」ほどで、「基本的に腰が悪くて地面に座るのは無理」とはいったいどれだけ満身創痍なのだ?レトリックではなく、まさしく文字通りの意味そのままで”命をかけて”闘っていたことが、さりげないつぶやきの中に潜んでいた。私たちが見てきた試合の一つ一つが、命そのものだった。「体力、気力の続く限りは続ける」という文章が見受けられたが、タッグのタイトルマッチに挑み、その試合中に天に召されたのは1年前。リングで死ぬとは格闘家として本望だろうと、アントニオ猪木がコメントしていたことを思い出す。心が体に打ち勝ってしまったために、体は限界を超えた。非業の死を遂げたというより、最期の瞬間まで徹底的に生き抜いたと言ったほうが、むしろ適切かもしれない。
とはいえ、毎回「ちぁーっす」から始まるコラムは、全体として気取らない語り口で、親しみやすい話題が多かった。下ネタを語ってもなんだかいやらしいところが微塵もない。自由闊達で軽快な語り口は、香山リカさんが出版を提言したミシマ社の社長曰く「文学の域に達している」とのこと。三沢光晴は壮絶な戦いを通して、我々に頑張ろうという活力を与え続けてくれたが、本書の出版により、死してなお、元気を与えてくれるのだ。本書を手にとって、気楽に軽妙に語りかける文体を楽しみ、故人を偲んだあとは、日々を生き抜くべく、明るく前向きに未来へと歩を進めることが、残されたものにできることである。
ドンマイ ドンマイッ! ―プロレスラー三沢からのメッセージ
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