馬車郎の私邸

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「 just left」は安倍首相か、朝日新聞か?……から考える3つの本質的な論点

G7後の26日のマクロン大統領(仏)との共同記者会見で、トランプ大統領の「 just left」という言葉の解釈が話題になっている。件のやり取りはこうだ。
朝日:「青山直篤です、朝日―日本の新聞の…」
トランプ:「 just left  Your Prime Minister, Abe. Good man. Great man.」

1つ目の解釈は、Abe hasまたはAbeを「just left」の前に補い、「ちょうど出た」と訳すことだ。以下のとおり、ホワイトハウスによる書き起こし文では「Just left your Prime Minister, Abe. Good man. Great man」と一続きの文章に書かれている。
Q Thank you very much, Mr. President. (Inaudible), with the Asahi Shimbun —
PRESIDENT TRUMP: Good.
Q — a Japanese newspaper.
PRESIDENT TRUMP: Good. Just left your Prime Minister, Abe. Good man. Great man.


「おたくらの安倍首相なら、ちょうど出発したな。良い奴だよ、素晴らしい奴だ。」。後ろとつなげて素直に読めば、これでよいだろう。ただし、いかに日本の新聞記者が質問したとはいえ、わざわざ質問を遮りつつ、今首相が出発したことを言う理由は定かではない。

もう1つの解釈は、副詞、形容詞と直訳調に見立てて、「お、左だな」「まさに左だね」と呼び掛けたという見方だ。より先鋭化した訳なら「よう、左翼」といったところか。より広義の文脈を捉えるならば、トランプ大統領の日ごろの言動なら、いかにもありそうなことだと思う人も多いだろう。左派的、あるいはリベラルとされるメディアに対する口撃は日常茶飯事であるため、かえってもっともらしい話に聞こえる。

民主党は急進左派党に改名すべきだ。米国は決して社会主義にならない」と罵倒したり、ニューヨーク・タイムズ紙CNNとの険悪なやり取りはおなじみだ。

さらに、アマゾンのジェフ・ベゾス氏オーナーのワシントン・ポスト紙に対する度重なる非難も有名だ。共和党・保守寄りの論調が多いウォール・ストリート・ジャーナル紙ですら社説で眉を顰めたり、事実誤認を指摘するほどだ(なお、トランプ大統領はWSJの社説を読め、とパウエルFRB議長を攻撃する材料に使ったりもしている)。

非言語メッセージも踏まえて、状況を順番に見ると「もしや?」と思えなくもない。47分頃になるが、動画で見ると「Just left 」と「your Prime Minister~」には間が開いている。その際には、「Just left 」 と言いながら記者に手のひらを上にして、指しており、その後で目を見開いて、「Your Prime Minister, Abe. Good man. Great man.」と釘を刺すように続けている。それにしても青山記者はなぜ、こんなにも苦笑いをしているのか。

両方の意味でダブルミーニング、つまりシャレとの解釈も一部にあるようだ。アウフヘーベンを試みたのだろう。これもありそうな一方で、ややtrickyな見方にも感じる。結局のところ、トランプ大統領本人に意図を聞いてみないと、100%断言はできないのだろう。リスニングテストの教材として勉強には良いが、この問題の多様な真実よりも、さらに重要な問題が3つほどある。しかも、これらは軽視されている。

第1に、細部の盛り上がれる問題に目が行き過ぎて、より大きく重要な問題から目が離れていることだ。これは現代人の病理である。テレビメディアから、ネットメディアの時代になるにつれて、アテンション、注目を引くことの価値があまりにも誇大視されすぎている。今回の件では、青山直篤記者の質問、論旨、懸念があまりにも無視されている。例のやり取りの後は、こう続く。

Q Okay. And you now — the U.S. and Japan have an agreement in principle, which you said is a tremendous trade deal for the United States.
PRESIDENT TRUMP: And for Japan, I would say.
Q Yes. And so — so are you still considering imposing Section 232 tariffs on Japan’s auto exports to the United States on national security grounds?
PRESIDENT TRUMP: Not at this moment, no. Not at this moment. Well, it’s one of the reasons we made the deal. But no, not at this moment. It’s something I could do at a later date if I wanted to, but we’re not looking at that. We just want to be treated fairly.
You know, Japan has had a tremendous trade surplus with the United States for many, many years — long before I came here. And I’ll tell you something: We’re transforming our country. We’re taking these horrible, one-sided, foolish, very dumb, stupid — if you’d like to use that word, because it’s so descriptive. We’re taking these trade deals that are so bad, and we we’re making good, solid deals out of them. And that’s transforming our country. That’s — that will be transformative and very exciting, I think, for our country. Very, very exciting.

青山記者の質問の趣旨は、こうだ。「米通商拡大法232条に基づき、日本に対して検討してきた安全保障を理由とする輸入車への追加関税の発動を未だに検討しているのでしょうか?」。これに対して、トランプ大統領は「Not at this moment(現時点では、ない)」を3回も繰り返している。「 horrible, one-sided, foolish, very dumb, stupid 」と汚い言葉で貿易不均衡をいつも通りなじた後で「transformative and very exciting」になるだろうと持ち上げている。

青山記者はこの質疑応答を受け、トランプ氏、輸入車関税「後でやるかも」 脅し継続かの記事のなかで懸念を表明。日米両政府は8月25日、貿易交渉について大枠で合意し、9月下旬の署名を目指す方針ではあるが、輸入車関税については「私がもしやりたいと思えば、後になってやるかもしれない」と述べたと引用し、警戒感を示している。日本の国益の観点から、重要な指摘であり、「just left」の解釈よりも大きな論点である。つまり、当座は一定の合意がなされているが、カード―「トランプ自伝―不動産王にビジネスを学ぶ
」の表現を借りるなら、トランプの手札―をまだ握っているのだ。

国際関係により広く視野を広げるなら、今回の共同記者会見は他にも重要な示唆がある。対イランに関する足並み、対仏、対独関係などだ。WSJ紙はこの記者会見について、いくつか指摘と論評をしている。要点を引用してみよう。

イランに関するマクロン氏との記者会見では、双方は一枚岩を演出したが、重要な問題では溝が露呈した。フランスの招待で25日、予想外にG7会場に登場したイランのジャバド・ザリフ外相について、マクロン氏が事前にトランプ氏に打診していたかどうかだ。トランプ氏はマクロン氏からイランを招待していいか、承認を求められたと説明。これに対し、マクロン氏はトランプ氏に承諾を求めたのか、単に招待について知らせたのかと問われ、ザリフを招待する前に「トランプ大統領に私の考えだと伝えた」と述べた。

G7最終日の会合では、トランプ氏は他国の首脳らと足並みを合わせるよう腐心している様子がうかがわれた。これまで対立していたアンゲラ・メルケル独首相との会談でも、「素晴らしい女性だ」などと持ち上げた上で、ドイツが貿易摩擦の緩和を切実に望んでいることを認識していると述べた。大統領就任以降、まだ実現していないドイツ訪問の可能性について聞かれると、早期に訪問すると回答。「私にはドイツ人の血が流れている」と述べ、メルケル氏の笑いを誘う場面もあった。

米国は、フランスが導入を予定している情報技術(IT)企業へのデジタル課税を巡って対立しており、トランプ氏はこれまで仏ワインに対し報復関税を課す構えを見せている。フランスは、経済協力開発機構(OECD)でのデジタル課税協議が合意に達すれば、仏国内のデジタル課税については撤回する方針を強調している。米仏協議の事情に詳しい筋によると、OECD主導のデジタル課税の国際合意を超える税金を仏国内法により徴収した場合、仏政府が米企業に対し、2019~20年の超過分を払い戻す提案が取りまとめられているようだ。トランプ氏は26日、「われわれは近づいている」と述べている。

第2に、自身や書き手・話者の党派性から結論を決めて物事を見ていないか、立ち止まって考える必要がある。エコーチェンバー現象という言葉がある。自分と同じ意見があらゆる方向から返ってくるような閉じたコミュニティで、同じ意見の人々とのコミュニケーションを繰り返すことによって、自分の意見が増幅・強化される現象だ。まさにこれは世界各国のSNSにおいて起きていることだ。したがって、自分自身が自然と視野狭窄に陥っている可能性を疑ってみるべきだ。このグループに属すこの人が言うことは○または×、と色を最初からつけるべきではないのである。

さらに、対立する党派や考え方の人物の側に立って、相手方の内在的な論理を考えてみるのも重要だろう。これはディベートの訓練としても常套手段である。要は、違う考えの可能性を考えるということだ。「安倍が」を見えざる主語に決めて考える習慣、あるいは、どうせ左翼メディアは反日や捏造の観点から悪意を持ってor自覚なしに述べているに違いないという思い込みから離れて、落ち着いて考えてみよう。できれば、1次ソースにあたって考えるべきだ。カエサルは「人は見たいと思う現実しか、見ていない」と述べたが、脊髄反射の第1感から立ち止まって考える習慣が重要である。

第3に、言葉や意図の解釈は難しく、AIによる言語解析や翻訳が進化する未来はかなり遠いor来ない可能性もあることだ。人間同士の日頃の会話はおろか、書かれたメッセージそのままの解釈でさえ、難しい。文字通りの解釈の落とし穴として反語や皮肉の可能性、書き手や話者が自分が言いたいことを適切に表現できていない可能性がある。文脈、状況、非言語メッセージといった要素もあるなら、なおさら解釈は難しい。

AIを用いたビッグデータ解析テキストマイニングなどに期待のかかる時代であり、実用化されつつもある時代ではある。しかし、かくも言葉や文章、セリフの意味の解釈は難解なのである(そもそもAIの定義とはなんぞや?)。富野由悠季監督が宇宙世紀のガンダムシリーズで描いてきたように、「人はわかり合えない」。そのうち、AIとも人間は口論になるようになるのかもしれない。

これら3点について、以前書いたように特にこのネット・SNS時代において処方箋は3つある。すなわち、バランス感覚に基づいた良識ある見解を示し続けること、何事も冷静かつ丁寧に文脈を読み解くこと、SNS上でシェアする意見は吟味すること。嘲笑・冷笑よりも重要な習慣は思考だ。大騒ぎする前にやることがある。それは、考えることだ。

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