馬車郎の私邸

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「モンテ・クリスト伯」第6巻、アレクサンドル・デュマ、岩波文庫

ついに6巻目にして、モンテ・クリスト伯爵ことエドモン・ダンテスの復讐が本格化。最初の復讐の相手は、伯爵が若かかりし頃無実の罪で投獄されたときに、積極的に関与したとまでは言わないまでも一枚かんでいたカドルッスである。とはいえ、モンテ・クリスト伯爵は当初この男を許そうとしていたのだ。牢獄から脱出した後、親しかった人と復讐相手の近況をカドルッスから聞き出すためにブゾーニ司祭の扮装でカドルッスに会い、エドモン・ダンテスの遺産と称してダイヤモンドを渡したのだ。しかし、卑しいカドルッスは妻にそそのかされ、ダイヤモンドを買い取りに来たユダヤ商人を殺し、そのうえ妻を手にかけ徒刑囚に。その後ベネデットとともに、イギリス人ウィルモア卿(モンテ・クリスト伯爵の別の姿)に解放されたのだった。

そしてモンテ・クリスト伯爵は、第5巻でベネデットをアンドレア・カヴァルカンティという偽貴族に仕立て上げて、仇敵ダングラールの娘の縁談に送り込んだのだ。カドルッスはベネデットをそそのかし、伯爵から十分な援助を受けていながら、"現ナマ"を手に入れてみないかという卑劣極まりない提案にのり、二人で共謀して伯爵に屋敷に乗り込んだというわけだった。伯爵はこれをブゾーニ司祭のいでたちで迎え撃ち、厳しい糾弾でカドルッスに後悔と恐怖の念を抱かせる。結局カドルッスはベネデットに殺されるが、瀕死の中でベネデットに刺されたとの陳述状を書かされる。そして、ついにモンテ・クリスト伯がこの作品の中で初めて自分がエドモン・ダンテスであることを明かす場面が訪れる。罰がカドルッスに下されていく様子が、たたみかけるような会話で進行していく様子は、迫力満点だった。「これで一人!」

次なる復讐の相手は、モルセール伯爵ことフェルナン・モンデゴである。自分を無実の罪に陥れた実行犯であり、それで許嫁を手に入れたというわけなのだから、読者にとってもモンテ・クリスト伯爵にとっても憎らしいことこの上ない。モンテ・クリスト伯爵は、モルセールがギリシア方面に赴任した際に、その時の上官であるアリ・テブラン総督とジャニナの城を敵に売り渡したことを新聞社にリークした。5巻からだが、複雑な絡め手でここまでこぎつけたというわけだ。モンテ・クリスト伯爵はモルセールの卑劣な裏切りの犠牲になったアリ・テブラン総督の娘で、奴隷となっていたエデを買い取っていたのだった。そのエデが自らの復讐のために、議会に赴きその場でモルセール伯のけがらわしい過去は明らかになった。

モルセールの息子アルベールは、2巻以来モンテ・クリスト伯とつきあいがあるのだが、そのモンテ・クリスト伯がすべてを仕組んでいたことに思いいたって、衝撃を受ける。次のような具合だ。
そうだ、モンテ・クリスト伯は何から何まで知っていたのだ。というのは、伯爵はアリ・パシャの娘を買い取っていたのだから。ところで、何から何まで承知していながら、ジャニナへ手紙を出すようにすすめたのだった。そして、その返事があったうえで、エデに紹介してほしいというアルベールの希望を容れたというわけだった。そして、エデの前での伯爵は、彼女の物語るままに、話がアリの最後に及ぶのにまかせていた。(エデに対しては、ロマイック語で、アルベールにはそれが自分の父のこととはわからないように、なんらかの指図を与えておいたにちがいなかった。)しかも、アルベールに対して、エデの前で自分の父の名を口にしないようにと注意さえしていたではなかったか?さらに伯爵は、大事件が暴露されようとしていたという時、アルベールをさそってノルマンディーへと連れ出したというわけだった。そうだ、なんら疑う余地はない。すべてはちゃんと仕組まれていたのだった。


父を侮辱されたアルベールは、モンテ・クリスト伯に手袋を投げつけ決闘を挑む。伯爵も一歩も引かない。ここで、夜に忍んでモルセール伯爵夫人が現れ、今度はエドモンとメルセデスとして相まみえる。彼女こそ、モンテ・クリスト伯ことエドモン・ダンテスが結婚するはずだった許嫁のメルセデスであり、そして彼女はアルベールの母親でもあるのだった。息子を殺さないでくれと哀願するメルセデスに対して、モンテ・クリスト伯…いやエドモン・ダンテスは復讐の決意を鈍らせまいと、自分が無実の罪で投獄された経緯を語り、そしてその絶望と悲しみの深さとアルベールを殺す旨を何度も繰り返す。だが、しかし…
「そういうあなたは、自分の留守の間に、父を亡くした気持ちが理解おできになりましょうか?自分が深い淵の底で苦しんでいながら、自分の愛している一人の女が、自分の恋敵のほうへ手を差し伸べるのをごらんだったことがおありでしょうか?……」
「ありません。」と、メルセデスはさえぎった。「でも、自分の愛していた人が、自分の息子を殺そうとしていたところだけは見せられました!」
メルセデスの言葉には、いかにも強い悲しみがこめられ、絶望しきった調子が見られたので、そうした言葉を聞き、そうした調子を耳にしながら、伯爵の咽喉には、とつぜん咽び泣きがこみあげた。

といった具合で、愛する女性の切願についにエドモンは屈服し、長年周到に準備してきた時復讐をあきらめてしまう。つまり、決闘の際に死ぬことを決意する。14年にわたる絶望と10年にわたる希望の幕引きのことを考えて、計画が無残に崩れ落ちるというのか!と思ったのは、モンテ・クリスト伯爵だけではあるまい。この小説は新聞に連載されていたから、当時の読者も驚いただろう。マクシミリアン・モレルと、エデに対して遺産を与える遺書を書いてから、伯爵は決闘に赴く。だが意外なことに、アルベールは謝罪し決闘は取りやめとなった。というのはアルベールは母メルセデスから真実を聞いていたのである。メルセデスに対してモンテ・クリスト伯はエドモン・ダンテスであった頃にためていた貯金の隠し場所を教え、アルベールは家を捨て希望の明日を切り開く決意をする。

残されたフェルナン・ド・モルセール伯爵は、屈辱の想いにまみれながらも、モンテ・クリスト伯の屋敷に殴り込みをかけ、決闘を申し込む。主要な仇敵に対して身元を明かすシーンは、カドルッスを除くとこれが初めて。いよいよついにこの時が訪れたか!と興奮を抑えられない場面だ。長台詞だけれども、テンポのいい語り口で、この小説の白眉ともいうべきシーンである。少々長いが、以下に引用する。

「では、出かけましょう。立会人はいりますまい。」
「なるほど。」と、モンテ・クリスト伯は言った。「いりますまい。お互いよく知り合っている仲ですから。」
「いや、」とモルセール伯爵が言った。「知り合った仲ではないからこそです。」
「これはしたり!」と、モンテ・クリスト伯は、相手をたまらなくなさせるような冷静さで言った。「ひとつはっきりしてみせましょうかな。あなたは、ワーテルローの戦の前日、隊を脱走された兵のフェルナン君ではありますまいか?あなたは、スペインへ攻め込んだフランス軍のため、案内者としてまた間諜としてはたらいたフェルナン中尉ではありますまいか?あなたは、恩人であるアリ・テブラン総督を裏切り、彼を敵に売り渡し、さらに暗殺してのけたフェルナン大佐ではありますまいか?そして、そうしたフェルナンをひとつに合わせた結果として、フランス貴族、陸軍中将、モルセール伯爵におなりだったのではありますまいか?」
「おお、」と、将軍は、こうした言葉にまるで焼きごてをあてられたとでもいったように、かっとなりながら言った。「この人でなしめが!あるいはおれが命を絶つかもしれないこの期に及んで、わざわざ俺の恥を洗いたてるつもりか。俺は、お前が、この俺を知らないなどと言った覚えはありはしないぞ。悪魔め、おれにはわかっている、お前は、過去の暗のなかに忍び込み、どういう光に照らしてかは知らないが、俺の生涯の一枚一枚読み終わったといいうわけなのだ。そうだ、なるほどお前は、この俺というものを知ってもいよう。だが、金と宝石に身を飾った大山師め。俺のほうでは、お前なんぞに知り合いはいないのだ。おまえは、パリでは、自分のことをモンテ・クリスト伯と呼ばせていた。イタリーでは、船乗りシンドバットと呼ばせていた。マルタでは?いや、そんなことなぞ忘れてしまった。それはともかく本名を名乗れ。幾百という名前の中で、おれはお前の本名が知りたい。決闘しながら、お前の心臓にぐさりとお見舞いしながら、その名を呼んでやりたいのだ。」
モンテ・クリスト伯の顔は恐ろしいまでに青ざめた。黄褐色の彼の眼は、激しい焔に燃え上がった。彼はその室に続く化粧室の仲に飛び込んで行った。そして、またたくまに、ネクタイ、フロック、チョッキをかなぐりすて、小さな船乗りの服を身につけ、水夫帽をかぶり、その帽子の下から、黒い長い髪をたらした。
そうした姿になった彼は、おそろしい、なにものをも仮借しないといったようすで、両腕を組みながら、将軍の前に立ち現れた。将軍は、彼が姿を消したのがなぜだかわからず、彼の戻ってくるのを待っていた。と、たちまち、歯はガチガチとふるえだし、脚にはワナワナふるえが見られ、一歩あとしざりしたかと思うと、ひきつった手でテーブルをつかんで、あやうくそこにふみとどまった。
「フェルナン!」と、モンテ・クリスト伯が叫んだ。「おれの名乗っている幾百の名前の中で、お前をたたきのめすにはただ一つだけで十分なのだ。それがはたしてどういう名前か、おそらくあたりがついただろうな?というより、思い出すことになっただろうな?これまでの悲しみ、苦しみもなんのその、今日のおれこそは、復讐の喜びに、こうして若返った顔を見せてやっているのだから。とりもなおさず、お前が妻をめとって以来……俺の許嫁のメルセデスをめとって以来、いくたびとなく夢に見ていた顔に違いなかろう!」将軍は顔をのけぞらし、手を前に差し出し、じっと眼を見据えたまま、何ひとこと言わず、このおそろしい亡霊のすがたをむさぼるように見つめていた。やがて、彼はよろける体をささえようと壁のほうへいき、その壁づたいにゆっくり入口にまで体をすべらし、あとしざりしながら、そこを出しなに、薄気味わるい、悲しげな、なんとも悲痛な一声をあとに残した。
「エドモン・ダンテスだ!」

なんとも激しい描写で作品のクライマックスにふさわしい文体である。モルセール伯こと、フェルナンはこうして自殺に追い込まれた。だが、息を吹き返したモンテ・クリスト伯の復讐は終わったわけではない。次なる標的はダングラール。長らく蒔いてきた布石が今、奏功しようとしている。ダングラールの娘ユージェニーと、アンドレア・カヴァルカンティの結婚式の最中に、その新郎こそ、カドルッスを殺した男で元徒刑囚であることをダングラールとの会話の流れに乗じて暴露してしまう。と、そこへ警察がなだれ込んでくる!おや、この流れは…?そう、まさにエドモン・ダンテスがメルセデスとの結婚式の最中に無実の罪で逮捕された流れと同じである。味なまねをする。だが、アンドレア・カヴァルカンティことベネデットは脱出。この後逃亡の顛末が描写されるも、あえなく御用。ダングラールは、面目を潰され、金策の筋道を失い、家庭崩壊という3重の絶望のえじきとなるのだった。残るは2人!
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