馬車郎の私邸

漫画、アニメ、ゲーム、音楽、将棋、プロレス観戦記など「趣味に係るエッセイ・感想・レビュー記事」をお届けします!ある市場関係者のWeb上の私邸

『姑獲鳥の夏(うぶめのなつ)』 京極夏彦

京極夏彦の処女作を久々に読んだ。
この本を読んだときの衝撃は今でも忘れられない。
自分は、元々あまり小説を読まず、小説と言うと岩波文庫の海外の古典や戦前の文学を読むことが多かった。
戦後の小説と言えば、塩野七生や星新一、池波正太郎と司馬遼太郎に重松清といったあたりを読む。
どうにも偏っている。
私の好みは歴史や社会経済であって、人情の機微や物語にはやや関心が薄い。

早稲田の第一文学部の端くれとして、小説も読もうと思った。
そこで、ある親しくしていた先輩に、お勧めを貸してくれと頼んだのである。
よくおしゃべりをする機会があったので、私に合う小説を適切に見繕ってくれた。
それが京極夏彦の『姑獲鳥の夏(うぶめのなつ)』だった。

蓋し慧眼であったといってよい。
私の読書の趣向は、単にお話を読むというより、むしろ知識や情報を得るためということを、その先輩は見抜いていたようだ。
京極夏彦の作品は、本筋の面白さだけでなく、それ以外の枝葉末節まで面白い。
私が存分に楽しめる小説としては、うってつけだった。

最初渡されたとき、「何だこの、辞書みたいな文庫本は。」と感じた。
630頁、字がみっちりつまっている。
岩波文庫を読みなれてはいたが、単独の作品が注釈の部分無しで600頁の文庫というのはあまり見たことは無い。
だから、読みきるのに何日かかるか、次会うまでに返せるかと心配したが、
杞憂だった。
面白すぎて一晩で読んでしまった。

根幹は推理ものなのだが、事件の周辺を取り巻く状況、解決への道筋に付随する情報量が膨大である。
だからといって、苦にはならない。
なぜなら、ただの衒学趣味ではなく、事件との関わりとの中で語られるので自然で読みやすい。
しかも、一見関係のなさそうなのでますます関心をそそられる。
もちろん、単純に知的好奇心を満足させるような内容も満載だ。

この「姑獲鳥の夏」でも、最初は事件そのものについての会話ではなく、内容は宗教と科学、量子力学、意味論や脳の認識、心理学と民俗学…と実に多岐にわたる分野について京極堂が語るのだ。
中でも、大きな比重を占めるのは妖怪である。
読者は、主人公の関口と一緒に京極堂の長広舌に納得させられてしまうだろう。
さらに、これらの内容は、無意味に語られるわけではない。
ちゃんと本編に絡んでいるので「ああ、そういうことだったか!」という納得の快感が得られる。
そのため読後感は筆舌につくしがたいほど素晴らしい。

推理には事件が必要だが、この小説で扱う事件は複合的である。
実に多様な情報と事象とが、最後に向かって収斂、集束していく様は見事としか言いようが無い。
恐るべき構想力だ。
読み物としてだけでなく、物書きになりたい人にとってもたいへん興味深いと言えよう。

文体については、「片仮名」がほとんど見当たらないのが特徴だ。
舞台設定が戦後七年ほどたったぐらいというのもあるが、
日本人の言葉で書かれているなと感ぜられる。
ちなみに、私もここまでの文章は片仮名の言葉を使わずに書いた。
なかなか大変だった。
重厚で読み応えのある文章だと思う。
歯ごたえがあり栄養もある。
感触としては、ギボンの「ローマ帝国衰亡史」が近い感じか。
(あ、片仮名使っちゃったf^^;)

ともあれ、結論としては、本好きなら読んで損は無し!
是非お勧めしたい本の一つだ。

最後に主人公、関口に一言。
「ちょwおまwww」


あらすじ

関口巽は、古くからの友人である中禅寺秋彦の家を訪ねた。
中禅寺は古本屋「京極堂」の主人であるが、家業は宮司であり、さらに副業として「憑物落とし」も行う。
人間の心の奥に潜む負の感情に妖怪の名前を付け、自慢の長広舌で以ってそれを言葉巧みに祓うのである。

関口は最近耳にした久遠寺家にまつわる奇怪な噂について、そのような京極堂ならば或いは真相を解き明かすことができるのではないかと考えていた。
関口は「二十箇月もの間子供を身籠っていることができると思うか」と切り出す。京極堂は驚く様子もなく、「この世には不思議なことなど何もないのだよ」と返す。

その後、妊婦の消えた夫や代々伝わる久遠寺家の「憑物筋の呪い」について、人の記憶を視ることができる超能力探偵・榎木津礼二郎や京極堂の妹である編集記者・中禅寺敦子、東京警視庁の刑事・木場修太郎らを巻き込みながら、事態は展開していく。さらに、この事件は、持ち出した関口自身の過去とも深く関係していた。

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