馬車郎の私邸

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声優・悠木碧に学ぶ職人の仕事論とプロフェッショナル・ファン論

ちょびっと齧った私には、声優さんに対してリスペクトの念は人一倍に強い。松岡禎丞、日野聡、茅野愛衣、佐藤聡美、悠木碧の出演情報で見るアニメをスクリーニング(19年夏アニメ19年秋アニメ20年冬アニメ)しているくらいだ。(KADOKAWAが新しい物語を作りすぎるからというのもあるが…)そういうわけで、悠木碧「実力主義の声優に自由を感じた」子役からの転身と“好き”を指針とした仕事論という素晴らしいインタビューを見つけたので、適宜抜粋・要約しつつ紹介していきたい。

「今や声優は作品の裏方というだけでなく、アーティスト活動などの表に出るエンターテイナーとしても活躍し、ティーンエイジャー憧れの職業のひとつでもある。しかし、競争は激しく生き残りの厳しい世界でもある。そんな業界で、数々の人気作品に出演しながら、アーティスト活動やプロデュース活動をも精力的に行う声優がいる。」
というのは掛け値なしにそのとおりで、あらゆる活動に対して頭の下がる思いだ。

「私、子どもの頃に鏡の中の自分としゃべるクセがあったんです(笑)。きっと、普通だったら『みっともないから止めなさい』と怒られると思うのですが、私の家族はこれを個性だと見守ってくれて、それを活かせるような社会に入れてあげようと、CMのオーディションに応募してくれたんです」(中略)親は「楽しくなくなったら辞めていい」というスタンスを守り、オーディションに行けば、それだけでも「えらかったね」と褒めてくれた。「事務所がオーディションを強く薦めても、親は必ず私に受けるかどうかを確認しました。イヤだと言ったら、自分でそれを判断したことを褒めてくれました。今から考えると、ただの親バカだったのかもしれませんが、本当に感謝しかありません」

子役時代の活躍の中で、お父様・お母様の様子も見ることができるが、温かい良い家庭だったのだなと思う。子供の個性や適性を見つけて、それを伸ばせるようにと導く親になれたら良いなと感じるし、そうありたいものだ。

「声優は、姿かたちに一切とらわれない。マイク前だけは顔出しの役者以上に別の人になれる。それがすごく自由で。実力さえあれば何にだってなれるんだと思ったら、なんだかすごく、燃えましたね!」と、幼少期の熱い気持ちを高いレベルで今なお保っている点が悠木碧のすごい点だ。

以前、「今をときめく声優・茅野愛衣さんに学ぶプロフェッショナルの心構え」でも茅野さんが述べたように、「声優という仕事は最終的には自分の妄想で、想像でお芝居をするのであり、ある意味絶対に起こらないようなことが起こったりする世界で、それをいかにリアルに表現するか」。これは難題であり、声優は声で何にだってなれる一方で、何にだってならければならないのである。

特に悠木碧といえば、低音から高音まであらゆる音域を使いこなし、役柄の幅が広いことでも、定評がある。代表的で印象的なな作品を上げるだけでも、魔法少女まどか☆マギカ(鹿目まどか、ベン・トー(白粉花)、戦姫絶唱シンフォギア(立花響)、アホガール(花畑よしこ)、ソードアート・オンラインII(ユウキ)、3月のライオン(高城めぐみ)、オーバーロード(クレマンティーヌ)、ワンパンマン(戦慄のタツマキ)、幼女戦記(ターニャ・デグレチャフ)…そして2/2からは、「ヒーリングっど♥プリキュア」(花寺のどか / キュアグレース)で念願の初プリキュア主演だそうだ。

声優の仕事はどんなに大ベテランになっても変わらないと悠木さんは話す。作品やキャラクターのプロフィールといった、少ない情報から役を想像して演じ、選ばれて初めて仕事を獲得できる。「アニメのキャラクターって、フィジカルとメンタルが合致していないことがけっこうあるんですよ。たとえば、性格はボーイッシュなのに髪型はツインテールにしているキャラクターがいるとします。でも、自分をボーイッシュに見せたい子って、ツインテールにしないと思うんですよね。それはおそらくキャラクターの見た目のキャッチーさを優先してデザインされたものかなと。だから私は役を想像するとき、フィジカルとメンタルを別々に考えるようにしています。身体の小さい子だったら、骨格はこれくらいで、そこに響くからこんな声が出る。自分が小さいから人と話すときは見上げる姿勢になるとか、大人のキャラクターに合わせて歩くと息が上がるとか、そういった物理の面を想定します」

声の響きに関してはこのインタビュー以外にも様々な点から骨格などについて言及している。声を出すテクニックそれ自体にも優れているが、その前段階としてフィジカル・メンタル双方について思いを巡らす努力をしていることが、多数の役柄を獲得できる原動力の一つと言えよう。

「メンタル面は、頭で考えるというより、もっと直感で捉えてあげたほうが立体感が出るものだったりします。他の方とかけ合いをして、『この返しのときは、こういうふうに(芝居が)転ぶかな』といった感じで、“面”だった情報を“球”にしていきます。この形でこれを上手いことはめるにはどれかな、みたいなパズルをしていく仕事です。ないものを作る仕事なので、非常に想像力が必要なのですが、私はこの、想像する作業が大好きで。散りばめられたヒントから、『この子は朝どんな支度をするのかな?』とか、プールに入るときは水温を触って確かめてから入るのか、それとも、ザバーンと入ってから『冷てーッ!』ってなるのか(笑) と、ありとあらゆるシチュエーションで仮説を立てて、全部のヒントがきちんとはまるように、キャラクターを組み立てていきます」

声優がキャラに息を吹き込む際には、ただ声を当てているのではない。文脈があるのだ。感情の揺れ動きを声に乗せることで、生き生きとキャラが動き出すのだ。しかも、芝居もまた生き物である。他の演者との掛け合いには、事前に立てていた多数の仮説があってこそ、アドリブも含め実際のアクションを芝居に起こせるのである。「このすば」―魅力的な声優陣が織りなす四重奏会話劇の魅力の記事でインタビューを引用したように、主演の福島潤は相当に台本に書き込んで入念な準備をしているのだそうだ。その場だけのことではないのだ。

2019年6月に出したアルバムを、悠木さんは「ボイスサンプル」と名付けた。ボイスサンプルとは、複数のキャラクターやナレーションの声を数分に収めてクライアントに渡すもので、声優なら誰しも用意している。その呼称を、アルバムのタイトルに冠した。楽曲ごとに、まるで別人かと思うくらい声が変わる。声優にしか歌えない歌を、今なお考え続けながらアーティスト活動に取り組んでいる。「私はアーティストさんみたいに、自分の個性だけでは戦えないから、声優だからこそできる面白いことって何だろうと考えたんです。そうしたときに、声優は芝居の中で声を変えるのはそこまで珍しいことではないのに、歌ではそれをやった人がいないのが不思議だなと思ったんです。

悠木さんは「声優は声の表現に長けているから、歌とも親和性が高い」と語るが、これはまさにそのとおりで幅広くも奥深い表現のある楽曲は多数ある。名曲紹介シリーズで紹介しているのはそういう曲だ。激しくも力強い王道的アニメOP楽曲として新曲「Unbreakable」を紹介したばかりだ。

アーティスト活動においても、声優は“歯車”だという姿勢を悠木さんは崩さない。ただ、そこで「声優が歌う意義、悠木さんじゃなきゃ歌えないもの」というひとつの“発注”から手繰り寄せ、それにどれだけ答えられるかを楽しんでいるという(中略)「それまでも発注に応じて歯車を作ってきたけれど、実際にどう組み上がるのか、なぜこの歯車が必要なのかが見えるようになった。『出っ張りを削って』と言われる理由、――理由というか事情、ですよね。それが分かることで、より視野が広がりました」

アニメを全体としてみた時、プロモーションイベントなどを除くと、声優が主体として関わることができるのは最終工程であるアフレコの部分だ。大塚明夫さんが声優魂 (星海社新書)が述べるように、声優自身は仕事(キャラクター)を作りだすことはできず、限られた椅子をオーディションで絶えず奪い合っている状態だ。ソロアーティスト活動をできる人もごく僅かだ。自分しかできないこと、を追求して自らの居場所と仕事を作り続ける芸能の仕事は、会社という組織で仕事をしているサラリーマンよりも過酷な戦いだ。若くギャラが安い新人に仕事がいってしまわないためには、國府田マリ子自伝「夢はひとりみるものじゃない」にあるように、「替えが効かない」仕事ぶりを発揮し続けるしかないのだ。

YUKI×AOIキメラプロジェクト」にも言及があった。これは、声優・悠木碧が企画・原作・キャラクター原案を行い 「仲間」と共にアニメ化を目指すプロジェクト。プロジェクトの始まりは、広告会社に勤める旧友から新しいアニメ企画の相談を受けたことだったそうだ。「仲のいい友人と、雑談の流れで『じゃあ私が原作を書こうか?』と言ってみたら『それ、めちゃくちゃ面白い!一緒にアニメ作ろうぜ!』と盛り上がっちゃって(笑)。こんなノリがあったとしても、本当に動き出す人はまずいない。やはり非凡な人物だ。

声優を生業にしながら、悠木さんはオタクを公言する。ここまで情熱的に話し続けてくれた悠木さんに「趣味を仕事にしたつらさはないのか」と尋ねると、「ありますねぇ」と彼女は大きく息を吐いた。「好きなことを仕事にしちゃったので、趣味ではいられなくなってしまったと思うことがあります。でも、好きだからこそ踏ん張れることもある。『絶対にこうだ!』と戦うことができるんですよ。だからなるべくアニメを好きでいよう、ゲームを好きでいようと思っているし、好きでいられるように努力することが大事なんです。それができている間は、アニメを応援してくれる人たちに寄り添えるんじゃないかと信じて、頑張っていたりします」

アニメやゲームを好きであっても、好きである努力や意志を保つ。まさにプロのファンでもあるのだ。どんなに仲睦まじい夫婦でも互いに好きでいる努力をしておくにこしたことはない。ある意味でそれに通ずるものがある。好きを仕事にする・続けるのはただでさえ実際は大変だし、多忙ぶりの裏でオタク活動を旺盛に起こっている様子が伺い知れるところが、この人の本当にすごいところでもあると思う。Fate/GrandOtakuの一角としてFGOカルデアラジオ局碧と彩奈のラ・プチミレディオ、各種生放送での暴走ぶりは広く知られるところだ。「帰る場所があるということ」の曲を紹介した時に、早稲田に行った理由はガンダムOOという話も出て思わず笑ってしまったが、

キャラクターを想像するとき、「私が好きになれるかどうかはすごく大事」と、悠木さんは教えてくれた。明確な正解がないこの仕事で、「好き」は数少ない指針となる。絶対に好きなところを見つけてあげる。みんなに愛される子になったらいいなと思って作る。それがなければ、アニメを応援してくれる人の「好き」には決してつながらない。これは「美点凝視」の精神だ。個別指導塾の講師をアルバイトで6年していた私も、生徒の良いところを何か見つけようと心がけていた。会社の人やあるいはお客様だって、良い人ばかりではないが、この習慣を身に着けていると、すこし人間関係に関するストレスを軽減することができる。

「私は私の得意なことしかできない、とても不器用な人間です。でも、世の中にはきっと、得意だけれども好きではない仕事で頑張っている人もたくさんいて、それは私にはできないことだったりもします。だから、働くみんなが同志だし、それぞれのパートを頑張ってくれてありがとう、と心の底から思っています」元外交官にして作家の佐藤優氏も、「やりたい仕事・好きな仕事と、できる仕事は違う」と言っている。自分のできないことができるということについて、きちんとリスペクトする。チームワークで様々な仕事が仕上がる。こうしたことをちゃんと心に留めることで、ひとりよがりに陥ることを防ぐことができる。

働く同世代に向けて、「一緒に頑張りましょう、強く生きましょう!」と、悠木さんは笑った。
何事にもポジティブにかまえ、新しい仕事に挑戦し続ける悠木さんに、最後にこのインタビューシリーズ共通の質問を投げかける。あなたにとって仕事とは?「すごく難しいな……う~~~ん、……楽しい(笑)。エンターテインメントを売る私たちは、私たち自身が楽しく仕事をしていないと、幸せを波及できないのだと思います。これは最近気づいたことです。なので、仕事は楽しい。この状態をキープすることが私の仕事。私はとても幸せです」


頑張るなんてかっこ悪いという人も世の中には多い。でも、頑張って、強く生きようと呼びかける心意気が素敵だ。「エンターテインメントを売る私たちは、私たち自身が楽しく仕事をしていないと、幸せを波及できない」、「仕事は楽しい。この状態をキープすることが私の仕事。」というのもプロのモチベーション、コンディション管理の真理だ。真壁刀義選手がG1を優勝したときのインタビューだったか、「自分で夢を見れねぇ奴が、どうやって人に夢見せるんだよ!」と言ってたことを思い出した。

「人生の多くの時間を費やす「仕事」において、自分の「好き」を見つけ、その「好き」を行動に起こしていくことで、人生をより豊かなものにできるのだと思います。」と茅野さんも述べていたが、結局はここに行き着く。「好き」、「楽しい」をどれだけたくさん持ってキープし続けるのかが、仕事と趣味双方から人生を豊かにする秘訣の一つだろう。

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