米津玄師の「Lemon」といえば、2018年3月14日発売以来ロングヒットが続いている。ソニーの決算補足資料によると、ソニーは今や453万楽曲もの版権を擁する世界最大級の音楽制作・出版会社だ。しかし、邦楽のヒット曲集を見ると、いわゆる"歌手"のランクインは宇多田ヒカルと米津玄師だけだ。女性アイドルグループの握手券に付加価値があるという点は、商売のやり方の一つとしてすでに定着しているが、あらためてこの名曲の紹介のコラムでは、魅力的な音楽を取り上げたいと考える。
米津玄師といえば、私のような古参のニコニコ動画ユーザーにとってはハチさんなのだが、今や邦楽を牽引する存在にまで上り詰めた。ソニーのIR Dayのプレゼンテーションで、米津玄師はソニーミュージックの日本部門において、まさに象徴的なアーティストとして扱われている。
お聞きの方も多いとみられる「Lemon」は、一聴するとややもすると凡庸にさえ感じるという人も多いかもしれない。しかし、これはレモンではなくスルメなのだ。噛めば噛むほど味が出る。youtubeのMVは4億再生を超えているし、スマホやミュージックプレイヤー、ストリーミングサービスで何度も聞きたくなる曲なのである。
何度も聞きたくなる理由は、哀愁漂う歌謡曲の風情にあると考える。こうした風情の曲を、ふと聞きたくなるアンニュイな気分になるときは誰にだってある。なんとなくけだるく、元気が出ないときに、こうした短調のどことなく暗い感じの曲は、気分に合うのだ。曲自体はとてもオーソドックスなもので、特徴的なのは「ウェッ」という謎の合いの手(?)音くらいのものだろう。しかし、それにもかかわらず奥行きのある魅力をこの曲は兼ね備えている。リピート再生に堪えうる曲なのだ。
歌詞も魅力的で、そこには普遍性や素朴さが見出される。だからこそ、幅広い層に受け入れられる曲になっているように見える。当初、タイアップドラマのプロデューサーからは「傷ついた人たちを優しく包み込むような曲」としてオーダーした。だが、米津本人は出来上がった楽曲について「“あなたが死んで悲しいです”としか言ってない気がする」と述べている。楽曲制作中に祖父が他界し、自分の中での死に対する価値観が変わったことで悩み、完成も時間を要したとのことである。
「あなたが死んで」を「あなたがいなくなって」に置き換えれば、失恋や別離などにも、解釈の幅が広がる。誰かがいないことの悲しみは普遍的なものであり、多かれ少なかれ誰にでもある。時に感傷に浸りたくなる気分のときには、たとえば「忘れたものを取りに帰るように 古びた思い出の埃を払う」という歌詞は心に響く。
1番のサビ「あの日の悲しみさえ あの日の苦しみさえ そのすべてを愛してた あなたとともに 胸に残り離れない苦いレモンの匂い 雨が降り止むまでは帰れない あなたはいつでも私の光」も、しんみりとする歌詞だ。いなくなった人は心の中の光としていつまでも生き続けるのだ。そうした素朴なメッセージは、よっぽど偏屈な人は別にして、誰にでも受け入れられやすい。
デジタルメディアや娯楽サービスの広がりによって、人類史上最大級に選択肢が増えた時代にあって、ヒットソングの誕生はかつてなく難しくなった。しかし、そんな時代にあって、普遍性や素朴さを持ったヒットソングがこうして生まれたことは喜ばしいことだ。米津玄師とソニーミュージックのますますの活躍を期待したい。
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