馬車郎の私邸

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これからの新日本プロレスの経営戦略について

日本のプロレス界で業界首位の企業といえば、新日本プロレスだ。本稿では、ここ10数年の収益の持ち直しについて、また新社長のメイ氏の実績と経営方針を日経新聞の記事からまとめ、そのうえで補足する形で私自身の新日本プロレスの取るべき経営方針を示してみたい。

ブシロードの木谷高明社長によれば16年7月期の業績は売上高32億円、経常利益は約4億1000万円。買収前からの業績推移を以下のように振り返っている。「12年1月に新日本プロレスを子会社にする前の売上高は約10億円でした。10年ほど前に1度黒字になったくらいで、赤字もしくはトントンがずっと続き、13億円ほどの債務超過でした。買収時、前の親会社に8億円程度で債権放棄してもらい、実質5000万円で買いました。4億5000万円の借り入れを引き継ぎましたが、これもすべて返済してもらい、現預金が5億3000万円あります」

こうして試合やマッチメイクの評価はさておいても、ブシロード体制のもと、財務体質は改善した。新日本プロレスリングは18年7月期の売上高は約46億円と21年ぶりの過去最高となった模様だが、最近では、経営陣に新たな動きがあった。18年6月1日付で新社長にハロルド・メイ氏を迎えたのである

オランダ生まれのメイ氏は2015~17年に玩具大手タカラトミーの社長を務めた。タカラトミー社長の前は様々な外資系企業でマーケティングを担当。ユニリーバ・ジャパンでは紅茶「リプトン」の販売を担当したほか、日本コカ・コーラ時代は奇抜なCMで「コカ・コーラゼロ」をヒットさせた。侍が登場するCMを制作し、女性だけでなく、男性でも格好良く飲めるノンカロリー飲料にイメージを変えた。また、コンビニなどで常温で天然水を売る、おきて破りの逆サソリにも挑戦。ボトルの水滴がかばんにぬれるのを嫌がったり、薬の服用で水を飲んだりする消費者には、冷たくない水が売れると見抜いた。

タカラトミーでは、創業家の富山幹太郎氏に引き抜かれて15年に社長の座に就くと、100項目の改革テーマを策定。部門長の年齢引き下げや卸問屋を通さない新しい売り場の確保で既成概念を打ち壊した。特に、着せ替え人形「リカちゃん」のブランド再構築に注力。50年にわたるリカちゃんの歴史に注目し、世代をまたいで売れる商材ととらえ直し、ハイヒール姿でスリムな服を着こなす「大人向け」をヒットさせた。18年3月期の営業利益は131億円と8年ぶりに最高益を更新し、入社当時の約4倍に伸ばした。こうして老舗を復活に導いたが、任期中の17年末に突然退任していた。

メイ氏はいわば、マーケティングのプロ。オランダ生まれだが少年時代を日本で過ごし、日本語が堪能。柔和な笑顔で相手の心をつかむのがうまいとされる。日経新聞のインタビューでは、訪日外国人の集客や海外展開に取り組む方針を示した。 ここからは、インタビューの内容に付加する形で、私自身の考えも示してみたい。bg

―なぜ社長を引き受けたのですか。
「基準は自分がやりたい事業かどうかと、ポテンシャルがあるかどうかの2つでした。5、6年前からプロレスにハマっていました。モノからコトへの消費シフトが進む中で、大きな可能性も感じていました」

やる気は十分のようだ。ただし、新日本プロレスのことをどの程度わかっているかというと、5、6年前からということなので、まさしくブシロード体制下でオカダ・カズチカをエースに持ち直した時期のことである。新日本プロレスのストロング・スタイルについて、メイ氏がどのような知見を有しているかは、ここからはうかがい知れない。もちろん、少年時代は日本で過ごしたとあるので、猪木、藤波、長州、タイガーマスクくらいは見ていたのかもしれない。

――なぜ可能性を感じたのですか。
「タカラトミーでも『商品』『知名度』、買いやすさや通いやすさの『アクセシビリティ』の3点を重視しました。新日本プロレスの品質は世界最大のプロレス団体『WWE』を上回ります。技の習熟度は高く、ドラマ性もあり、選手はイケメンぞろい。強さへの憧れや筋肉フェチなど様々な性別や年齢層に刺さる多くの魅力を備えています。つまり、商品はある。一方、コト消費を喚起する知名度やアクセシビリティはまだ不十分です」

『商品』についてあまり心配はしていない一方で、『知名度』『アクセシビリティ』に最も注目しているようだ。戦い、の部分が最も肝心であると私は考えるが、それをどのように既存・新規、潜在的なファンに届けるかが、経営者の使命ではある。マッチメイクや試合内容に口を挟むのではなく、本業に専念しようとする姿勢になりそうな点は好感が持てるが、やや表層的な見方を『商品』に対してコメントしているのは頂けない。ただ、この点について、これから理解を深める余地はあるだろう。

「2018年7月期の売上高は過去最高の約46億円の見込みですが、WWEはその20倍です。20年前は2倍でしたが、放映権や動画配信の収入で差がつきました。放映権収入では180倍の差があります。このままシェア8割の日本でそこそこの事業を続けるか、海外で勝負して伸ばすかの分岐点にあるのです」
「すでに年150回の興行で約40万人を動員しています。チケット収入は売上高の5割を占めますが、選手数や会場の都合を考えれば上積みには限界があります。やはり放映権や動画配信、広告などライセンスの収入が重要です。月額制の動画配信『新日本プロレスワールド』の会員は約10万人ですが、WWEの動画配信は世界で150万人の会員がいます」「まずは訪日外国人を『大使』にしたいと考えています。富士山、寿司(すし)、歌舞伎に並んで、日本を語るために不可欠な存在にしたい。試合を見ればその良さは必ず伝わり、帰国後は彼らがプロレスを広めてくれます」

経営環境の認識は妥当だし、放映権や動画配信、広告などライセンスの収入が重要というのは、そのとおりだ。伸びしろがある。月額制の動画配信『新日本プロレスワールド』の会員は約10万人とある。仮にWWEと同規模まで会員が拡大したとして、料金は999円/月だから、1000円×150万人=月商15億円。15億円×12カ月で年商180億円の売上だ。日米併せて、月々1000円ならプロレス動画配信にお金を払っても良いと考える層をどこまで拡大できるかが重要だ。

放映権についても、業界トップということでマス・マーケティングの観点からは、テレビ朝日にゴールデンタイムに戻すべく交渉すべきだろう。かつてプロレスに親しんだシニア層は、未だにテレビが主要なメディアだ。そして、そのシニア層は日本の人口のなかでボリュームゾーンでもある。

「海外興行にも挑戦します。18年3月の米ロサンゼルス興行では、4500枚のチケットが10分で売り切れました。7月にはサンフランシスコで1万人規模の興行を予定しています。また、広告などのスポンサーも探します。グローバルで通用させたい製品やブランドがぴったりです。将来は動画配信などで世界中の視聴者がスポンサーのロゴを目にします。今がお得ですよ(笑)
――日本のプロレスは複雑なストーリーが魅力の一つですが、海外進出にあたってローカライズ(現地化)は必要ですか。
「格闘技は万国共通のコンテンツです。現在の新日本プロレスの試合がそのまま海外でもそのまま受け入れられると考えています」

広告などのスポンサー探しも重要だ。海外進出にあたって橋頭堡を築いているようでもある。米国の主要都市でのツアーもそう遠くない未来である可能性もある。海外進出にあたってローカライズが必要かとの問いは、すでに新日本プロレスの試合やストーリーはWWEに近づいているようにも見えることを考慮すると、皮肉ではあるが意外と心配でもないことかもしれない。そのうえ、中邑真輔などの先駆者のみならず、WWEのプロレスラーには日本でキャリアを積んでいる選手も珍しくはない。米国で一定のシェアをデジタル方面で得ることは一定の現実性はあろう。
無題
――目標は。
「最低でも3年で売上高100億円です。相撲協会の経常収益が約120億円ですから国内市場だけでも達成できる水準ですし、これくらいできないと失敗です。長期目標はWWE超え。新日本プロレスの品質を考えれば十分可能です」「日本経済は世界のだいたい1割です。9割を取り込めないで、良い商品を眠らせているのが日本企業です。言葉や文化、ビジネススタイルの壁があるからです。契約社会の外国では、日本の義理人情は通用しません。対等に交渉できず、企業買収でも失敗が多いでしょう。私には言葉にも文化にも壁がありません。海外のやり方でビジネスができます。私がスポーツマーケティングのお手本になろうと思います」

相撲協会の経常収益が約120億円というのならば、これは新日本プロレスのみならず、NOAHや全日本、DDT、大日本、ZERO-1にとっても、可能性があるように聞こえないか?WWEのここ数年のすさまじい株価の上伸を見れば、ワールドワイドに業容を拡大させることは魅力的に見える。ただ、そこまででなくとも着実に地歩を固めるのも悪くないようだ。とはいえ、ハロルド・メイ新社長が日本から世界に冠たるエンターテインメント企業を育てるというならば(むしろそれに近いのはソニーやバンダイナムコ)楽しみだし、私はそれを応援したい。

業界のリーダーとしてマス向けにビジネスを展開するためには、わかりやすく派手な試合とストーリーを展開し、顧客接点を拡大することだ。それはもしかするとWWEの模倣なのかもしれないが、ブシロード体制でもやっていたことだとは思う。日本におけるマーケティングでは、G1の時期に山手線のラッピング広告をやっていたことがあるが、とにかく目立って少しでも多くの若い初心者を獲得することが、経営戦略としては妥当だろう。ライトユーザーの獲得による会場集客と月額動画配信サービスによるサブスクリプションビジネスの基盤構築が、引き続き基本戦略となろう。

昔からの新日本プロレスファンにとっては、リング上の戦いが随分と変わってしまったなと感じられるかもしれない。そうした点に対しては、動画配信のラインナップを充実させたうえで、40~70歳(団塊)という人口のボリュームゾーンにも訴求することだ。この世代は猪木から藤波、長州、タイガーマスク、そして闘魂三銃士やジュニア戦士台頭の時期をリアルに体感したことがある人々であり、ポテンシャルを秘めている。新日本プロレスワールドのみならず、Amazon Prime VideoやNetflixへの動画出稿を入り口にするのもいいかもしれない。海外はWWEだけでなく、新たに勃興するAEWも気になるところだが、挑戦すべき市場だ。

何にせよ、ハロルド・メイ氏の手腕は楽しみだ。それによって失われるものもあるのかもしれない。ただ、それは他の団体が埋めてくれるだろう。
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