著者の大平武洋六段は早指しに定評のある棋士だ。「ZONEの解散コンサートに行きたいがため、すべての手を1手1分未満で指し、持ち時間を1分も使わずに勝利した」武勇伝を持っているほどで、アイドルへの情熱に勝るとも劣らない早指しの技量がうかがい知れよう。大平武洋六段はまず最初に、早指しの3か条として「序盤から積極的には動かない」「駒得を意識しない」「小さい駒から考える」の3つを挙げる。
「序盤から積極的には動かない」、私の好きな四間飛車にピッタリの考えだ。右辺は美濃囲いの堅陣に組み必要とあれば囲いを強化でき、左辺では攻められたときにカウンターでさばきを狙うわけだから。「駒得を意識しない」「小さい駒から考える」の2つは、もう1つの主力戦法、石田流三間飛車の中盤に指針となる。攻めの形を石田流の好形にしたら、歩を連続で突き捨て開戦、飛車角の大駒のどちらかが成りこめるならば、喜んでもう片方を切って大胆に攻める勇気を、以上2つの言葉は与えてくれるのだ。
「必ずしも詰まして勝つ必要はない」「長い詰みより短い必至」というのもそのとおりで、早指しの将棋ウォーズでは適当な受けがなければ早く投了する人も多い。この本を読んでから「寄せの手筋200」を通勤の電車で繰り返して勝率が格段に上がった。
「王手がかかっても絶対詰まない形、詰めろがかからない状況を作り、守りではなく、攻めに生かす。」「駒は取られる瞬間が一番働いている。」「迷ったときは上に逃げる。」やはり詰みを逃すのは、相手の王様に上に逃げられてしまう場合が圧倒的に多いと感じる。だから、美濃囲いの外側の金銀が防波堤になっているうちに、早めに王様は上に逃げることをいつも心がけるようになった。10秒切れ負けの将棋では、厳密な読みではなく、こうした割り切りも一部必要だと思う。
囲いの崩し方の章もとても参考になった。特に現代将棋では最重要ともいえる対穴熊戦だ。一段飛車を配置して、5三角とのコンビネーションで一段目の金を狙ったり、あるいは6四角、5五角のラインでにらみを利かしながら歩を垂らしたり、焦点の3三の地点への打ち込みを図る手筋は、まさしく常套手段だ。
「実戦で棋士が避けている変化でも実際指してみると大差なものは少ない。」というアドバイスも、戦法を学ぶ上で気が楽になった。アマチュア同士の対局なので、定跡どおりに行くことからしてそもそも少ないし、互いに疑問手の嵐なのだから、厳密な細部の変化は過度に気にする必要はなく、戦法の大枠をしっかりつかんで指せるかどうかと、終盤の寄せの手筋のほうが直接的な勝敗にかかわっていると感じる。
振り飛車の王道、角道を止めるノーマル四間飛車は現在のプロ戦では、石田流やゴキゲン中飛車に振り飛車の主流の座を明け渡しているが、自分で指してみると特にどれが極端に有利で不利ということもないし、採用率についても同じくらいの比率で相手方に見かけるように思える。プロの潮流に左右されず下手にあれこれ追いかけるよりも、好きな戦法を自分の十八番にして楽しく指し続けるほうが上達の効率もよいはずだ。
一般に将棋の本はすばらしいクォリティであるがゆえに、かえってアマチュア初心者~中級者には内容が高度すぎる本が多いように思う。翻って、本書はアマチュアの気持ちに寄り添って平易かつコンパクトに書かれていて大変実用的だった。素人が読み通せるかどうか、は売れる本の重要な価値基準の1つだと思う。とはいえ、内容が薄いわけではなく、ここに紹介した内容以外にも、早指しだけにとどまらない役に立つ考え方がたくさん述べられていて、私たちアマチュアが楽しく将棋を指すために広く読まれたら幸いである。
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