馬車郎の私邸

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「モンテ・クリスト伯」第3巻、アレクサンドル・デュマ、岩波文庫

1巻2巻からの流れを引き継ぎ、舞台はイタリアのローマから、フランスのパリへ。パリの社交界にさっそうと現れたモンテ・クリスト伯爵こと、エドモン・ダンテスはついに復讐の相手たちに再会する。エドモンを陥れて、エドモンが結婚するはずだったメルセデスをまんまと手に入れたフェルナンは今やモルセール伯爵。その息子のアルベールの窮地を助けて親睦を深め、モンテ・クリスト伯爵はパリに進出したのだから、読者としても複雑な思いである。フェルナンをはじめ、モンテ・クリスト伯の復讐相手は誰もが、モンテ・クリスト伯爵がエドモンだとは気付いていない。しかし、婚約者であったモルセール伯爵夫人メルセデスだけは、気付いてしまう。お互いに気付いていないふりをしているさまが、たとえば、「モンテ・クリスト伯はさらに慇懃に身をかがめた。その顔は、夫人の顔よりも青ざめていた。」などと、婉曲的に描写されている。

大長編の小説であるから、いたるところに伏線、フラグがある。3巻で一番大きなフラグは、召使いのベルツッチオの話だろう。彼は、ヴィルフォールに復讐をしようとしていた。その際に、ヴィルフォールと後のダングラール夫人との赤ん坊を、ヴィルフォールが屋敷の庭に埋めたのを掘り返し、ベルツッチオは未亡人の姉と育てた。この子供こそが、ベネデットであり、後にモンテ・クリスト伯の復讐に大いに関係することとなる。4巻越しの伏線とか、デュマのプロットの構想力はすごい。

さて、モルセール伯ことフェルナンだけではなく、他の復讐相手にもモンテ・クリスト伯は接触する。投機に成功し大銀行家、男爵となったダングラールと、今や検事総長にまで出世を遂げたヴィルフォールとの会話はどちらも非常に読みごたえがある。復讐相手との再会に2巻以上かけてるのだから、ここで会ったが100年目というやつだ!

とりわけダングラールを終始、上品に圧倒し、無制限の貸し出しを承知させる場面はなんとも面白かった。ダングラールがたじたじになっていく様子が愉快極まりない。
「ただ、無制限という文字の意味が、金融の方では実に漠然としておりますので……」
「つまり、その意味が無制限だとおっしゃるのですな?」と、モンテ・クリスト伯が言った。
「そうでございます。そのことを申し上げようと思いまして。ところで、漠然と言うことは、疑わしいと申すことで、賢者も疑わしいと思ったら、すべからく手を引くべしと申しております。」
「そうすると、」とモンテ・クリスト伯は言った。「トムスン・アンド・フレンチ商会がいかに馬鹿なまねをしようと、ダングラール商会は、そんなまねはしないとおっしゃるのですな?」
「それはまたどうして?」
「そう、それに違いありません。トムスン・アンド・フレンチ商会は数字なぞは問題にせずに取引をする。ところが、ダングラールさんは、取引に制限をおつけになる。さっきもおっしゃったように、賢者でいらっしゃる……」
「あなた、」と、銀行家は、傲然としてそれに答えた。「これまでだれ一人、わたしのところの金庫の金のことを懸念したものはおりませんでした。」
「してみると、」とモンテ・クリスト伯は冷ややかに答えた。「どうやらわたしが初めてというわけですな?」
「どうしてまた、そんなことを?」
「つまり、わたしに説明をお求めになりましたから。こうして、二の足をおふみになったらしいところをみると、どうもそうだとしか思われませんな…」
ダングラールは唇を噛んだ。彼は、またもやしてやられた。それも今度は、専門の方面においてのことなのだった。人を馬鹿にしたような礼儀正しさも、実は作りものに過ぎず、ほとんど非礼に近いと思われた。

「さっきもおっしゃったように、賢者でいらっしゃる……」のところが、美しい嫌みで個人的にはツボでした。かつて自分を謀略で陥れた相手をやりこめるやりとりは、流れるような言葉の応酬で文脈と場面を引き立てる。ライトノベルは会話ばかりだという批判があるそうだが、しかし、このような打てば響く流れなら悪いこともあるまい。まして、デュマはそれが持ち味なのだ。
しかもこれだけでは終わらず、さらにとどめの一撃が。
「百万フランくらい何になりましょう?御冗談はやめにしていただきます。百万フランの金くらい、いつも紙入れか旅行用の小さい鞄に入れております。」そう言いながら、モンテ・クリスト伯は、名刺の入れてある手帳の中から、国立銀行宛五十万フランの持参人払手形二枚を抜き出して見せた。
ダングラールのような人間は、針で刺したくらいでは効き目がなく、殴り倒してやらなくてはならないような男だった。ところで、この鉄槌の一撃は見事にきいた。ダングラールは思わずよろめき、目がくらんだ。彼は、瞳の大きく開ききったその目をあけて、呆然とモンテ・クリスト伯の顔を眺めた。

こうして、さっそく1年目から六百万フランも貸し出しを受けたモンテ・クリスト伯は、この後もあの手この手で、ダングラールの財産をすっからかんにしていく。そのうえ、この一言である。もう、復讐は止まらない。
「踏み込もうと思ったところまで踏み込んだぞ!いまこそ、その家庭の平和はおれの手中にある。そして一挙に、主人の心をつかみ、また主人の心に踏み込めるというわけなのだ。」

さらに、ヴィルフォール夫人の窮地(これ自体仕組んでいたわけだが)を救ったことで、検事総長ヴィルフォールの訪問を受ける。この3人目の復讐相手との会話では、会話の節々に(1巻でエドモンを陥れた事実を知っていると)痛烈な皮肉を次々に投げかけている様を見ると、苦笑いが止まらない。(もちろん、ヴィルフォールは気付いていない)

こうして、栄達した3人の復讐相手に再会を果たしたモンテ・クリスト伯爵。しかし、まだ3巻。残り4巻もあることを考えると、モンテ・クリスト伯の復讐はまだ始まったばかりだ!章ごとに実に引きが上手い。新聞の連載小説だったこの作品が大変な人気を博したのもうなずける話である。
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